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いぎょうぼん

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

易行品

 鳩摩羅什が漢訳した龍樹十住毘婆沙論第9章を指す。

 自身の力に依存して悟りを求める方法に対して仏陀による救済に基づいて悟りを求める立場をあげ,後者を特に強調する。中国,日本の浄土教ではこれを重要視する。

仏法に無量の門がある。世間の道の如く、難もあり易もある。陸の道は歩行するため苦しく、水の道は船に乗るために楽である。菩薩の道もかくのごとく、あるいは勤行精進する。あるいは信方便を持ってする易行があり、すみやかに阿惟越致に至る。     〔十住毘婆沙論〕 易行品


易行品第九

難易二道

 問いて曰わく、是の阿惟越致の菩薩の初事は先に説くが如し、阿惟越致地に至る者は、諸もろの難行を行じ、久しくして乃ち得べきも、或るいは声聞・辟支仏の地に堕せん。若し爾らば是れ大衰患なり。『助道法』の中に説くが如し。
  若し声聞の地及び          辟支仏の地に堕するは
  是れを菩薩の死と名づけ       則ち一切の利を失す
  若し地獄に堕すも          是の如きの畏れを生ぜず
  若し二乗の地に堕すれば       則ち大怖畏と為す
  地獄の中に堕するも         畢竟して仏に至ることを得る
  若し二乗の地に堕せば        畢竟して仏道を遮す
  仏は自から経の中に於いて      是の如きの事を解説したもう
  人の寿を貪る者は          首を斬るを則ち大いに畏るが如く
  菩薩も亦た是の如し         若しは声聞の地及び
  辟支仏の地に於いて         応さに大怖畏を生ずべし
是の故に、若し諸仏の所説に易行道にして疾く阿惟越致の地に至ることを得る方便が有らば、願わくは為めに之れを説きたまえ。
 答えて曰わく、汝の所説の如きは、是れ儜弱怯劣にして大心有ること無し。是れ丈夫志幹の言に非ざるなり。何以故(ナントナレバ)、若し人発願して阿耨多羅三貌三菩提を求めんと欲して、未だ阿惟越致を得ずんば、其の中間に於いて応さに、身命を惜まず、昼夜に精進して、頭然(ズネン)を救(ハラ)うが如くなるべし。『助道』の中に説くが如し。
  菩薩は末だ阿惟越致の        地に至ることを得ずんば
  応さに常に勤めて精進すること    猶おし頭燃を救い
  重担を荷負するが如くなるべし    菩提を求めんが為めの故に
  常に応さに勤めて精進し       懈怠の心を生ぜざるべし
  声聞乗、辟支仏乗を         求めん者の若きは
  但だ己れの利を成ぜん為めにも    常に応さに勤めて精進すべし
  何かに況んや菩薩の         自から度し亦た彼を度するに於いてをや
  此の二乗の人より          億倍して応さに精進すべし
大乗を行ずる者には仏は是の如く説きたまえり。発願して仏道を求むるは、三千大千世界を挙ぐるより重し、と。汝「阿惟越致地は是の法甚だ難く。久しうして乃ち得べし、若し易行道の疾く阿惟越致地に至ることを得る有りや」と言うは、是れ乃ち怯弱下劣の言なり、是れ大人志幹の説に非ず。
 汝若し必ず此の方便を聞かんと欲(オモ)わば、今当さに之れを説くべし。仏法に無量の門有り。世間の道に難有り、易有りて、陸道の歩行は則ち苦しく、水道の乗船は則も楽しきが如し。菩薩の道も亦た、是の如し。或るいは勤行精進する有り、或るいは信方便の易行を以って疾く阿惟越致に至る者有り。偈に説くが如し。

十方十仏章

  東方の善徳仏            南の栴檀徳仏
  西の無量明仏            北方の相徳仏
  東南の無憂徳            西南の宝施仏
  西北の華徳仏            東北の三乗行
  下方の明徳仏            上方の広衆徳
  是の如きの諸もろの世尊       今現に十方に在します
  若し人疾く             不退転地に至らんと欲せば
  応さに恭敬の心を以って       執持して名号を称すべし
 若し菩薩は、此の身に於いて阿惟越致地に至ることを得て、阿耨多羅三藐三菩提を成就せんと欲わば、応当(マサ)に是の十方の諸仏を念じて其の名号を称すべし。『宝月童子所問経』の阿惟越致品の中に説くが如し。
  仏、宝月に告げたまわく、東方に此を去ること無量無辺不可思議恒河沙等の仏土を過ぎて世界有り、無憂と名づく。其の地は平坦にして七宝にて合成す。紫磨金縷をもって其の界に交絡(キョウラク)せり。宝樹は羅列して以って荘厳を為す。地獄・畜生・餓鬼・阿修羅の道及び諸もろの難処有ること無し。清浄にして穢無く、沙礫、瓦石、山陵、埠阜(タイフ)、深坑、幽壑(ユガク)有ること無し。天は常に華を雨(フ)らし以って其の地に布く。時に世に仏有します、号して善徳如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰う。大菩薩衆は恭敬して囲繞す。身相の光色は大金山を燃すが如く、大珍宝聚の如し。諸もろの大衆の為めに広く正法を説きたもう。初・中・後に善く辞有り義有り。所説は雑せず、具足し、清浄にして如実不失なり。何をか不失と謂うや。地・水・火・風を失せず、欲界・色界・無色界を失せず、色・受・想・行・識を失せざるなり。宝月よ、是の仏は成道より已来(コノカタ)、六十億劫を過ぐ。又た其の仏国は昼夜異なること無く、但だ此の間の閻浮提の日月歳数を以って彼の劫寿を説く。其の仏の光明は常に世界を照らす。一説法に於いて無量無辺千万億阿僧祇の衆生をして無生法忍に住せしめ、此の人数に倍して初忍、第二、第三の忍に住することを得しむ。宝月よ、其の仏の本願力の故に、若し他方の衆生有りて、先仏の所に於いて諸もろの善根を種えんに、是の仏但だ光明を以つて身に触れるに、即ち無生法忍を得る。宝月よ、若し善男子、善女人が是の仏の名を聞きて能く信受すれば、即ち阿耨多羅三藐三菩提を退かず。
 余の九仏の事も皆な亦た是の如し。今、当さに諸仏の名号及び国土の名号を解説すべし。「善徳」とは、其の徳は淳善にして但だ安楽有るのみ。諸天・龍神の福徳、或るいは衆生を悩ますが如きには非ず。
 「栴檀徳」とは、南方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、歓喜と名づく。仏を栴檀徳と号す。今。現に在しまして法を説きたもう。譬えば栴檀が香りて清涼 なるが如く、彼の仏の名称が遠くに聞こえること香の流布するが如し。衆生の三毒の火熱を滅除して清涼を得しむ。
 「無量明仏」とは、西方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、善解と名づく。仏を無量明と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏の身光及び智慧の明焔は無量無辺なり。
 「相徳仏」とは、北方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り。不可動と名づく。仏を相徳と名づく。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏の福徳、高顕なること猶おし憧相の如し。
 「無憂徳」とは、東南方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り。月明と名づく。仏を無憂徳と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏の神徳は諸もろの天人をして憂愁有ること無からしむ。
 「宝施仏」とは、西南方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、衆相と名づく。仏を宝施と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏は諸もろの無漏の根、力、覚、道等の宝を以って常に衆生に施す。
 「華徳(ケトク)仏」とは、西北方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、衆音と名づく。仏を華徳と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏の色身は猶おし妙華の如く、其の徳は無量なり。
 「三乗行仏」とは、東北方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り。安穏と名づく。仏を三乗行と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏は常に声聞行、辟支仏行、諸もろの菩薩行を説きたもう。有る人の言わく、上・中・下の精進を説くが故に、号して三乗行と為す、と。
 「明徳仏」とは、下方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、広大と名づく。仏を明徳と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。明は身明、智慧明、宝樹光明に名づく。是の三種の明にて常に世間を照らす。
 「広衆徳」とは、上方に此こより無量無辺の恒河沙等の仏土を去りて世界有り、衆月と名づく。仏を広衆徳と号す。今、現に在しまして法を説きたもう。其の仏の弟子は福徳広大なるが故に広衆徳と号す。
 今、是の十方の仏は善徳を初めと為し、広衆徳を後と為す。若し人一心に其の名号を称えれば、即ち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得る。偈に説くが如し。
  若し人有りて是の諸もろの      仏の名を説くを聞くことを得れば
  即ち無量の徳を得る         宝月の為めに説くが如し
  我れ是の諸仏を礼したてまつる    今、現に十方に在します
  其の名を称すること有れば      即ち不退転を得る
  東方は無憂界            其の仏を善徳と号す
  色相は金山の如く          名聞は辺際無し
  若し人、名(ミナ)を聞けば       即ち不退転を得る
  我れ今、合掌し礼したてまつる    願わくは悉く憂悩を除きたまえ
  南方は歓喜界            仏を栴檀徳と号す
  面は浄きこと満月の如し       光明は量り有ること無し
  能く諸もろの衆生の         三毒の熱悩を滅す
  名を聞けば不退を得る        是の故に稽首して礼したてまつる
  西方は善世界            仏を無量明と号す
  身光と智慧明らかにして       照らす所は辺際無し
  其の名を聞くこと有らば       即ち不退転を得る
  我れ今、稽首し礼したてまつる    願わくは生死の際を尽したまえ
  北方は無動界            仏を号して相徳と為す
  身に衆の相好を具して        而も以って自から荘厳す
  魔怨の衆を摧破し          善く諸もろの人・天を化(ケ)す
  名を聞けば不退を得る        是の故に稽首し礼したてまつる
  東南は月明界            仏有りて無憂と号す
  光明は日月に踰えて         遇う者は煩悩を滅す
  常に衆の為めに法を説き       諸もろの内外の苦を除く
  十方の仏は称讃したもう       是の故に稽首し礼したてまつる
  西南は衆相界(シュソウカイ)        仏を号して宝施と為す
  常に諸もろの法宝を以って      広く一切に施す
  諸天は頭面にて礼して        宝冠は足下に在り
  我れ今、五体を以って        宝施尊に帰命したてまつる
  西北は衆音界            仏を号して華徳と為す
  世界に衆宝の樹ありて        妙法の音を演出す
  常に七覚の華(ケ)を以って       衆生を荘厳し
  白毫相は月の如し          我れ今、頭面にて礼したてまつる
  東北は安隠界            諸宝の合成する所なり
  仏を三乗行と号す          無量の相にて身を厳(カザ)りたもう
  智慧の光は無量にして        能く無明の闇を破し
  衆生に憂悩無し           是の故に稽首し礼したてまつる
  上方は衆月界            衆宝の荘厳する所なり
  大徳の声聞衆と           菩薩に量り有ること無し
  諸聖の中の師子を          号して広衆徳と曰う
  諸魔の怖畏する所なり        是の故に稽首し礼したてまつる
  下方は広世界            仏を号して明徳と為す
  身相は妙にして           閻浮檀金山を超絶す
  常に智慧の日を以って        諸もろの善根の華を開きたもう
  宝土は甚だ広大なり         我れ遥かに稽首し礼したてまつる
  過去無数劫に            仏有しまして海徳と号す
  是の諸もろの現に在します仏は    皆な彼れに従って発願せり
  寿命に量り有ること無く       光明照らすこと極り無し
  国土は甚だ清浄なり         名を聞けば定んで作仏す
  今、十方に現に在しまして      具足して万力を成ず
  是の故に稽首して          人天の中の最尊を礼したてまつる

百七仏章

 問いて曰わく、但だ是の十仏の名号を聞いて執持して心に在けば、便ち阿耨多羅三藐三菩提を退せざることを得、更に余の仏、余の菩薩の名有りて阿惟越致に至ることを得とぎんや。
 答えて曰わく、
  阿弥陀等の仏            及び諸もろの大菩薩あって
  名を称え一心に念ずるも       亦た不退転を得る
 更に阿弥陀等の諸仏有り、亦た応さに恭敬し礼拝して其の名号を称すべし。今、当さに具さに説くべし。無量寿仏、世自在王仏、師子意仏、法意仏、梵相仏、世相仏、世妙仏、慈悲仏、世王仏、人王仏、月徳仏、宝徳仏、相徳仏、大相仏、珠蓋仏、師子鬘仏、破無明仏、智華仏、多摩羅跋栴檀香仏、持大功徳仏、雨七宝仏、超勇仏、離瞋恨仏、大荘厳仏、無相仏、宝蔵仏、徳頂仏、多伽羅香仏、栴檀香仏、蓮華香仏、荘厳道路仏、龍蓋(リュウガイ)仏、雨華(ウケ)仏、散華仏、華光明仏、日音声仏、蔽日月仏、琉瑠蔵仏、梵音仏、浄明仏、金蔵仏、須弥頂仏、山王仏、音声自在仏、浄眼仏、月明仏、如須弥山仏、日月仏、得衆仏、華生仏、梵音説仏、世主仏、師子行仏、妙法意師子吼仏、珠宝蓋珊瑚色仏、破療愛闇仏、水月仏、衆華仏、開智慧仏、持雑宝仏、菩提仏、華超出仏、真琉璃明仏、蔽日明仏、持大功徳仏、得正慧仏、勇健仏、離諂曲仏、除悪根栽仏、大香仏、道映仏、水光仏、海雲慧遊仏、徳頂華仏、華荘厳仏。日音声仏、月勝仏、琉璃仏、梵声仏、光明仏、金蔵仏、山頂仏、山王仏、音王仏、龍勝仏、無染仏、浄面仏、月面仏、如須弥仏、栴檀香仏、威勢仏、燃燈仏、難勝仏、宝徳仏、喜音仏、光明仏、龍勝仏、離垢明仏、師子仏、王王仏、力勝仏、華園仏、無畏明仏、香頂仏、普賢仏、普華仏、宝相仏、是の諸もろの仏世尊は現に十方の清浄世界に在します。皆な名を称し憶念すべし。

弥陀章

 阿弥陀仏の本願は是の如し、若し人、我れを念じ名を称して自から帰せば、即ち必定に入り、阿耨多羅三藐三菩提を得ん、と。是の故に常に応さに憶念すべし。偈を以って称讃せん。
  無量光明の慧あり          身は真金山の如し
  我れ今、身口意にて         合掌し、稽首し礼したてまつる
  金色の妙なる光明は         普ねく諸もろの世界に流れ
  物に随って其の色を示す       是の故に稽首し礼したてまつる
  若し人命終(ミョウジュウ)の時       彼の国に生ずることを得れば
  即ち無量の徳を具す         是の故に我れ帰命したてまつる
  人能く是の仏の           無量の力、功徳を念ぜば
  即時に必定に入る          是の故に我れ常に念じたてまつる
  彼の国の人は命終して        設い応さに諸もろの苦を受くべきも
  悪地獄に堕せず           是の故に帰命し礼したてまつる
  若し人は彼の国に生ずれば      終に一二趣と及び
  阿修羅とに堕せず          我れ今、帰命し礼したてまつる
  人・天の身相は同じく        猶おし金山の頂の如し
  諸もろの勝れたものの所帰の処なり  是の故に頭面にて礼したてまつる
  其れ彼の国に生ずること有れば    天眼(テンゲン)、耳通(ニツウ)を具し
  十方に普ねく無礙なり        聖中の尊に稽首したてまつる
  其の国の諸もろの衆生は       神変及び心通
  亦た宿命智を具す          是の故に帰命し礼したてまつる
  彼の国土に生ずれば         我無く、我所無く
  彼此の心を生ぜず          是の故に稽首し礼したてまつる
  三界の獄を超出して         目は蓮華の葉の如く
  声聞衆は無量なり          是の故に稽首し礼したてまつる
  彼の国の諸もろの衆生は       其の性は皆な柔和にして
  自然に十善を行ず          衆聖の主に稽首したてまつる
  善より浄明を生ずること       無量無辺の数にして
  二足の中の第一なり         是の故に我れ帰命したてまつる
  若し人作仏を願って         心に阿弥陀を念ぜば
  時に応じて為めに身を現じたもう   是の故に我れ帰命したてまつる
  彼の仏の本願力にて         十方の諸もろの菩薩は
  来たって供養し法を聴く       是の故に我れ稽首したてまつる
  彼の土の諸もろの菩薩は       諸もろの相好を具足し
  以って自から身を荘厳す       我れ今、帰命し礼したてまつる
  彼の諸もろの大菩薩は        日日三時に於いて
  十方の仏を供養す          是の故に稽首し礼したてまつる
  若し人は善根を種えるも       疑えば則ち華は開かず
  信心清浄なれば           華は開いて則ち仏を見たてまつる
  十方の現に在します仏は       種種の因縁を以って
  彼の仏の功徳を歎ず         我れ今、帰命し礼したてまつる
  其の土は厳飾を具し         彼の諸もろの天宮に殊って
  功徳甚だ深厚なり          是の故に仏足に礼したてまつる
  仏足の千輻輪は           柔軟にして蓮華の色あり
  見る者は皆な歓喜す         頭面にて仏足に礼したてまつる
  眉間の白毫の光は          猶おし清浄なる月の如く
  面光の色を増益す          頭面にて仏足に礼したてまつる
  本(モト)、仏道を求むる時       諸もろの奇妙の事を行ぜしこと
  諸経に説く所の如し         頭面にて稽首し礼したてまつる
  彼の仏の言説する所は        諸もろの罪根を破除し
  美言にして益する所多し       我れ今、稽首し礼したてまつる
  此の美言の説を以って        諸もろの著楽の病を救いたもう
  已に度し、今、猶お度す       是の故に稽首し礼したてまつる
  人天の中の最尊にして        諸天頭面にて礼するに
  七宝の冠は足を摩す         是の故に我れ帰命したてまつる
  一切の賢聖衆と           及び諸もろの人天衆と
  成く皆な共に帰命す         是の故に我れも亦た礼したてまつる
  彼の八道の船に乗りて        能く難度の海を度す
  自から度し、亦た彼を度す      我れ自在者を礼したてまつる
  諸仏は無量劫に           其の功徳を讃揚するも
  猶おし尚お即くすこと能わず     清浄人に帰命したてまつる
  我れ今、亦た是の如く        無量の徳を称讃す
  是の福の因縁を以って        願わくは仏、常に我れを念じたまえ
  我れ今先世に於いて         福徳若しは大小なるも
  願わくは我れ仏所に於いて      心常に清浄なるを得ん
  此の福の因縁を以って        獲る所の上妙の徳
  願わくは諸もろの衆生の類も     皆な亦た悉く当さに得べし

過去八仏章

 又た亦た、応さに毘婆尸仏、尸棄仏、毘首婆伏仏、拘楼珊提仏、迦那迦牟尼仏、迦葉仏、 釈迦牟尼仏及び末末世の弥勒仏を念ずべし。皆な応さに憶念し礼拝すべし。偈を以って称 讃せん。
  毘婆尸世尊は            無憂道樹の下にて
  一切智を成就し           微妙なる諸もろの功徳あり
  正しく世間を観じ          其の心解脱を得たり
  我れ今、五体を以って        無上尊に帰命したてまつる
  尸棄仏世尊は            邠他利(フンダリ)道場の
  樹下に在しまして坐し、       菩提を成就す
  身色は比有ること無く        紫金山を然やすが如し
  我れ今、自から三界の        無上尊に帰命したてまつる
  毘首婆世尊に            娑羅樹の下に坐して
  自然に一切の妙なる         智慧に通達することを得たもう
  諸もろの人天の中に於いて      第一にして比有ること無し
  是の故に我れ一切の         最勝尊に帰命したてまつる
  迦求村(カクソン)大仏は         阿耨多羅三藐
  三菩提を得て            尸利沙樹の下にて
  大智慧を成就し           永く生死を脱したもう
  我れ今、第一無比の         尊に帰命し礼したてまつる
  迦那含(カナゴン)牟尼          大聖無上尊は
  優曇鉢(ウドンバ)樹の下にて      成就して仏道を得たもう
  一切法に通達すること        無量にして辺有ること無し
  是の故に我れ第一          無上尊に帰命したてまつる
  迦葉仏世尊は            眼が雙蓮華の如く
  弱拘楼陀(ジャクラダ)樹の        下に於いて仏道を成じたもう
  三界に畏れる所無く         行歩すること象王の如し
  我れ今、自から帰命し        無極尊に稽首したてまつる
  釈迦牟尼仏は            阿輸陀(アシュダ)樹の下にて
  魔・怨敵を降伏し          無上道を成就したもう
  面貌は満月の如く          清浄にして瑕塵(カジン)無し
  我れ今、勇猛第一の尊に       稽首し礼したてまつる
  当来の弥勒仏は           那伽樹の下に坐して
  広大心を成就し           自然に仏道を得たもう
  功徳甚だ堅牢にして         能く勝れること有る者無し
  是の故に我れ自から         無比の妙法王に帰したてまつる

東方八仏章

 復た、徳勝仏、普明仏、勝敵仏、王相仏、相王仏、無量功徳明自在王仏、薬王無礙仏、宝遊行仏、宝華仏、安住仏、山王仏有します。亦た応さに憶念し、恭敬し、礼拝すべし。偈を以って称讃せん。
  無勝世界の中に           仏有り。徳勝と号す
  我れ今、及び法宝と僧宝とに     稽首し礼したてまつる
  随意喜世界に            仏有り、普明と号す
  我れ今自から、及び法宝と僧宝とに  帰命したてまつる
  普賢世界の中に           仏有り、勝敵と号す
  我れ今、及び法宝と僧宝とに     帰命し礼したてまつる
  善浄集世界あり           仏を王幢相と号す
  我れ今、及び法宝と僧宝とに     稽首し礼したてまつる
  離垢集世界に            無量功徳明あって
  十方に自在なり           是の故に稽首し礼したてまつる
  不誑世界の中に           無礙薬王仏あり
  我れ今、及び法宝と僧宝とを     頭面にて礼したてまつる
  金集世界の中に           仏を宝遊行と号す
  我れ今、及び法宝と僧宝とを     頭面にて礼したてまつる
  美音界に宝花            安立山王仏あり
  我れ今、及び法宝と僧宝とを     頭面にて礼したてまつる
  今、是の諸もろの如来は       東方界に住在す
  我れ恭敬の心を以って        称揚し、帰命し礼したてまつる
  唯だ願わくは諸もろの如来      深く加するに慈愍を以ってし
  身を現じて我が前に在り       皆な目に見ることを得せしめたまえ

三世諸仏章

 復た次に、過去、未来、現在の諸仏あり、尽く応さに総じて念じ、恭敬し、礼拝すべし。偈を以って称讃せん。
  過去世の諸仏は           衆の魔怨を降伏し
  大智慧の力を以って         広く衆生を利す
  彼の時の諸もろの衆生は       心を尽くして皆な供養し
  恭敬して称揚す           是の故に頭面にて礼したてまつる
  現在十方界の            不可計の諸仏は
  其の数恒沙に過ぎ          無量にして辺有ること無し
  諸もろの衆生を慈愍して       常に妙法輪を転じたもう
  是の故に我れ恭敬し         帰命し、稽首し礼したてまつる
  未来世の諸仏は           身色は金山の如く
  光明は量り有ること無し       衆相は自から荘厳し
  出世して衆生を度し         当さに涅槃に入るべし
  是の如き諸もろの世尊に       我れ今、頭面にて礼したてまつる

諸大乗菩薩章

 復た応さに諸もろの大菩薩を憶念すべし。善意菩薩、善眼菩薩、聞月菩薩、尸毘王菩薩、一切勝菩薩、知大地菩薩、大薬菩薩、鳩舎菩薩、阿離念弥(アリネンミ)菩薩、頂生王菩薩、喜見菩薩、欝多羅菩薩、薩和檀菩薩、長寿王菩薩、羼提(センダイ)菩薩、韋藍(イラン)菩薩、睒菩薩、月蓋菩薩、明首菩薩、法首菩薩、成利菩薩、弥勒菩薩なり。復た、金剛蔵菩薩、金剛首菩薩、無垢蔵菩薩、無垢称菩薩、除疑菩薩、無垢徳菩薩、網明菩薩、無量明菩薩、大明菩薩、無尽意菩薩、意王菩薩、無辺意菩薩、日音菩薩、月音菩薩、美音菩薩、美音声菩薩、大音声菩薩、堅精進菩薩、常堅菩薩、堅発菩薩、堅荘菩薩、常悲菩薩、常不軽菩薩、法上菩薩、法意菩薩、法喜菩薩、法首菩薩、法積菩薩、発精進菩薩、智慧菩薩、浄威徳菩薩、那羅延菩薩、善思惟菩薩、法思惟菩薩、跋陀婆羅菩薩、法益菩薩、高徳菩薩、師子遊行菩薩、喜根菩薩、上宝月菩薩、不虚徳菩薩、龍徳菩薩、文殊師利菩薩、妙音菩薩、雲音菩薩、勝意菩薩、照明菩薩、勇衆菩薩、勝衆菩薩、威儀菩薩、師子意菩薩、上意菩薩、益意菩薩、増意菩薩、宝明菩薩、慧頂菩薩、楽説頂(ギョウセッチョウ)菩薩、有徳菩薩、観世自在王菩薩、陀羅尼自在王菩薩、大自在王菩薩、無憂徳菩薩、不虚見菩薩、離悪道菩薩、一切勇健菩薩、破闇菩薩、功徳宝菩薩、花威徳菩薩、金瓔珞明徳菩薩、離諸陰蓋菩薩、心無閡(シンムガイ)菩薩、一切行浄菩薩、等見菩薩、不等見菩薩、三昧遊戯菩薩、法自在菩薩、法相菩薩、明荘厳菩薩、大荘厳菩薩、宝頂菩薩、宝印手菩薩、常挙手菩薩、常下手菩薩、常惨菩薩、常喜菩薩、喜王菩薩、得辯才音声菩薩、虚空雷音菩薩、持宝炬菩薩、勇施菩薩、帝網(タイモウ)菩薩、馬光菩薩、空無閡菩薩、宝勝菩薩、天王菩薩、破魔菩薩、電徳菩薩、自在菩薩、頂相菩薩、出過菩薩、師子吼菩薩、雲蔭菩薩、能勝菩薩、山相幢王菩薩、香象菩薩、大香象菩薩、白香象菩薩、常精進菩薩、不休息(フクソク)菩薩、妙生菩薩、華荘厳菩薩、観世音菩薩、得大勢菩薩、水王菩薩、山王菩薩、帝網菩薩、宝施菩薩、破魔菩薩、荘厳国土菩薩、金髻菩薩、珠髻菩薩、是の如き等の諸もろの大菩薩有り。皆な応さに憶念し、恭敬し、礼拝して、阿惟越致地を求むべし。