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くぎょう

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

苦行

tapas तपस्,duṣkara-caryā दुष्करचर्या (S)

 古くからインドは「苦行の故地」と称せられ、紀元前4世紀インドに侵入したアレキサンダー大帝以下のギリシア人も苦行者を見、7世紀入竺した玄奘も彼らの行法を目撃し、15世紀以降インドを訪れた初期の西洋人も奇異の眼をもってインドの苦行者のことを報告している。沈黙の戒・禁欲・断食など、肉体的欲望を抑える修行・苦行の類は多かれ少なかれあらゆる宗教のすすめるところであるが、インドの苦行はとりわけ際立っているように思われる。原始仏教興起時代にも沙門の名の下に世俗を捨てた行者の群が言及され、もまた成道前に苦行に身を挺したと伝えられる。インドの法典や宗教文献も苦行者を分類して4種とも6種ともしている。

 もと難行・苦行とは人間自然の欲望を抑えて精神力を鍛えることを目的としていた。饒舌を抑えては沈黙の戒となり、食欲を抑えては断食、性欲を抑えては禁欲となる道理である。人はこれらに耐えて精神力を涵養(かんよう)するが、更により積極的・人為的に肉体を苦しめることを奨めた。かくて酷熱の太陽の下で四方に火を置いて暑さに耐え、また冬に水に籠って寒さに耐え、腕を挙げ、一足にて立ち、蹲踞(そんきょ)の姿勢を保つなど、長期間同一姿態を保つ「荒行(あらぎょう)」へと発展し、これらの身体的苦痛に耐える間に強度の神秘力・神通力を己れの内に蓄積すると信じられていた。

 苦行の結果、身につく神秘力・神通力の中には、過去と未来を知る能力、前世を知る能力、他人の心の中を知る読心術、千里眼、水上歩行などが数えられ、苦行者の超能力は神々をも畏怖せしめたとして各種の神話・伝説・物語が伝えられている。ただし仏教ではこれら神通力は行者の修行の間にたまたま現れて来る副次的なものとされ、それを誇示したり、濫用したりすることは厳に戒められ、それは瑜伽学派にも一貫した姿勢であった。
 古典サンスクリット文学にあって、行者が苦行によって得た神秘力は、怒って他人を呪うこと、および愛欲に迷って女性と交わること、によって完全に消滅するものと考えられていた。同時にそれは苦行者の呪詛(じゅそ)の必中性を保証し、行者の胤として女性に宿った子孫の非凡性を約束していた。いずれも苦行の熱力の外的顕現と考えられていた故である。

恭敬

namas-kāra; gaurava (S)

 敬い、つつしむ。尊敬。仰ぎみる。うやうやしくすること。他に対して敬うこと。敬い尊敬すること。〔倶舎論1〕〔無量寿経 T12-269c〕

Gaurava

 釈尊がおさとりになった直後の時期に、次のようなことをお考えになったことが記録されている。

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、ウルヴェーラー(優留毘羅)村の、ネーランジャラー(尼連禅)河のほとりなる、アジャパーラ・ニグローダ(阿闍波羅尼倶律陀)の樹下に住しておられた。まさに正覚を成じたまいし時のことであった。
 その時、世尊は、ただひとり坐し、静かに物思いして、かように考えたもうた。
「尊敬するところもなく、恭敬するものもない生き方は苦しい。わたしは、いかなる沙門もしくは婆羅門を尊び敬い、近づきて住すればよいであろうか」
 だが、その時また、世尊は、かように考えたもうた。
「もしわたしに、いまだ満たされない戒に関することがあるならば、それを成満するために、他の沙門または婆羅門を尊び敬い、近づきて住するがよいであろう。だが、わたしは、天界・魔界・梵天界をも含めたこの世界において、また、沙門・婆羅門ならびに人間界・天上界の住みぴとをも含めた衆のなかにおいて、わたしよりもよく戒を成就して、尊び敬い、近づきて住するに値するような沙門もしくは婆羅門を見ることはできない。
 また、もしわたしに、いまだ満たされない定に関することがあるならば、……いまだ満たされない慧に関することがあるならば、……いまだ満たされない解脱に関することがあるならば、……いまだ満たされない解脱知見に関することがあるならば、それを成満するために、他の沙門または婆羅門を尊び敬い、近づきて住するがよいであろう。だが、わたしは、天界・魔界・梵天界をも含めたこの世界において、また、沙門・婆羅門ならびに人間界・天上界の住みびとをも含めた衆のなかにおいて、わたしよりもよく解脱知見を成就して、尊び敬い、近づきて住するに値するような沙門もしくは婆羅門を見ることはできない。
 とすると、わたしは、むしろ、わたしが悟った法、この法をこそ、敬い尊び、近づきて住するがよいであろう」
 その時、この娑婆世界の主たる梵天は、その心をもって、世尊の心中の思いを知り、たとえば、力ある男子が屈したる腕を伸し、伸したる腕を屈するがごとく、たちまちにしてその姿を梵天界に没して、世尊のまえに現れた。
 そこで、梵天は、一肩に上衣を掛け、世尊を合掌し、礼拝して、いった。
「世尊よ、そのとおりである。世尊よ、そのとおりである。世尊よ、過去の正等覚者にてましました世尊も、法を尊び敬い、近づきて住した。また、未来の正等覚者にてまします世尊も、法を尊び敬い、近づきて住するであろう。そして、いまの正等覚者にてまします世尊も、法をこそ尊び敬い、近づきて住するがよろしい」
 梵天はそのようにいった。そしてまたつぎのように説いた。
「過去の世の正覚者も
 未来のもろもろの仏たちも
 また、いまの世の悟れる者も
 衆生の憂悩を滅する者は
 すべて正法を敬いて住したもう
 いまも正法を敬いて住したまい
 未来も正法を敬いて住したもうくし
 こは諸仏にとりて法としてしかり
 されば、自己の幸いをねがい
 大いなる状態をのぞむ者は
 よく仏のおしえを憶念して
 正法を敬わざるべからず」    〔Samyutta Nikāya I, 6, 1; 相応部経典,梵天相応 1. 恭敬; 雑阿含経 44, 11, 尊重〕