げんしん

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現身

 現在のこの身のことを指す。

現実の身体

 たとえば親鸞は、

現身にさとりを得ること、億億の人の中に一人もありがたし。〔唯信鈔文意

という。ここで言う「現身往生」とは、この身そのままで往生するという意味である。

仏菩薩がその身を現すこと

 また、仏菩薩がその身を現すことをいい、さらにその身のこと。すなわち応身のこと。

十方の諸(もろもろ)の国土に、刹(せつ)として身を現ぜざるもの無し(無刹不現身)〔法華経普門品〕

ここでは、観音菩薩について説かれている。
 同様の意味で現身仏という言葉もある。

現身に仏をも見、仏智をもひらき、聖果をも証すべし。〔明恵上人行状〕

源信

942年〔天慶5〕-1107年〔寛仁元〕、天台宗の僧、大和出身
 幼少の頃、比叡山の入り、良源に師事して、13歳で得度受戒した。33歳のとき、法華会の広学竪義を勤める。才能が評価されたが、それを嫌って横川(よかわ)に隠棲した。隠棲後も、因明に関する著述をした。
44歳のとき、往生極楽の教えこそ「末代の目足」であり、「頑魯の者」のための道であるとして『往生要集』3巻を著述した。この教えに則って念仏結社が生まれ、この結社のために『起請十二箇条』を作り、毎月十五日を念仏の日などを定めた。
 源信は、恵心院に住していたので「恵心僧都」と敬称されるが、63歳で権少僧都に任じられたが、翌年これを辞退している。

著作

  • 62歳 弟子の寂昭が入宋の際に、『天台宗疑問二十七条』
  • 64歳 『大乗対倶舎抄』
  • 65歳 『一乗要決』これは長らく法相宗との対立に終止符を打ったものとされる。