みょうえ

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明恵

<1173年1月8日-1232年1月19日>

 鎌倉時代の華厳宗の人で、諱は「高弁」といい、平重国の子である。

 東大寺に学び、その後、高尾山・栂尾山において修行を続ける。その間、禅・密教・悉曇学を研究した。華厳中興の祖とも、華厳禅の大成者ともいわれる。栂尾の明恵上人という呼び方が多い。
 また、インドへ渡航しようと企んだが果たせず、白浜の海で「この海の向こうに天竺がある」と泣いたという話が有名である。
 当時は浄土宗が全盛期であったが、法然の教えに対抗して数多くの著作を著した。

著作

  • 摧邪輪 3巻 1212年
  • 持経講式 1214年
  • 三時三宝礼釈 1215年
  • 光明真言功能 1223年