しんごん

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真言

mantra

本来は_リグ_ヴェーダ_(ヴェーダ)の本集(Rgveda-saMhitaa)を形成する神聖な呪句をいった。
サーヴィトリー呪に代表されるそれらは、多く神々に対する呼び掛け、祈願の句であるが、この句それ自体に神聖な力(それが梵(ぼん)(ブラフマン)の語源であるとされる)が宿っており、神々をもその意味のごとくに支配するものと考えられ、この力に依頼して公的私的な祭祀においてバラモン(婆羅門)僧によって誦唱された。この呪句の誦持(じゅじ)の習俗が仏教の密教に取り入れられ、中国に伝来した際にその呪句が「真言」と訳されたのである。
これはmantraが神々に対する誠真の言葉であることからして、あるいはその権能としてその言葉に対応する真実を現成せしむると考えられることからして適訳であろう。

密教における真言

密教が教理的に発達して、真言は三密加持(かじ)・三密瑜伽(ゆが)における口密(くみつ)として或る一尊の精神内容の言語的表現ないし、それを行者に実現せしめる言語表現による手段とした。
さらに、純然たる密教の成立を示す初会金剛頂経において、その即身成仏の理念は真言(発菩提心真言)を誦することをもって大乗仏教の三劫(さんごう)にわたる菩薩行、すなわち慈悲の原理に基づく他者に対する直接的働きかけの積集の過程を代替することにおいて構想されたのであるが、その際この即身成仏の構想の成立根拠としてこの真言の効力の自明性が自覚されていたのである。