じゅ

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vedanā वॆदना (S)

 「痛」「覚」とも訳される。根(六根。眼・耳などの認識器官)と(六境。色・声などの認識の対象)と(六識。眼識・耳識などの認識作用)との(接触和合)から生じる苦・楽・不苦不楽などの印象・感覚をいう。有情やこれを取り巻く世界を5つの要素に分類した五蘊の一つ。十二因縁の第7支として組み込まれる。
 遍行心所(細かい心作用)の1つ。苦楽を感じる感受作用(領納 anubhava)。詳しく、苦受(苦と感じる感受)と楽受(楽と感じる感受)と不苦不楽受(非苦非楽受ともいう。苦とも楽とも感じない感受。捨受ともいう)との三受がある。さらに苦受を苦受と憂受とに、楽受を楽受と喜受とに分けて全部で五受を立てる場合がある。
 五受のなか、苦受と楽受とは五識(五感覚)と共に働き、憂受と喜受とは意識(分別作用)と共に働くとされる。すなわち、苦と楽とは感覚的なものであるのに対して、憂と喜とは分別的なものと考えられている。
 また五識と相応する受を身受(みじゅ)といい、意識と相応する受を心受(しんじゅ)という。

受、謂、三種、領納苦楽倶非、有差別故。〔『倶舎』4,T29-19a〕
受云何。謂、三和合故能領納義。〔『瑜伽師地論』55、T30-601c〕
身受者、謂、五識相応受。心受者、謂、意識相応受。〔『雑集論』1、T31-696c〕
 受と申すは、即(すなは)ち受の心所なり。およそ此の心所に五受と申して五の位あり、憂受・苦受・喜受・楽受・捨受なり     〔法相二巻抄(上)〕

 十二支縁起の一契機としての受。十二支縁起のなかの第7番目の契機。
 苦・楽・非苦非楽の三つの受の因の違いを理解するが、いまだ婬貪が生じない段階をいう。四、五歳から十四、五歳ぐらいまでの間をいう。

已了三受因差別相、未起婬貧、此位名受。〔『倶舎』9,T29-48b~c〕


dhāranī धारनी (skt.)

 「呪」は、陀羅尼の訳語として用いられる。梁の僧祐『出三蔵記集』(4)には、灌頂七万二千神王護比丘呪経、最勝長者受呪願経などのほか、摩訶般若波羅蜜神呪、七仏安宅神呪、十八竜王神呪経など、神秘な呪文を意味する「神呪」の語を用いた経典が多数著録されている。
 ちなみに「呪文」の語は、唐の道世の『法苑珠林』(妖怪)に、宋の元嘉14年(437)の頃、魯郡太守の梁清が鬼神を降伏させるために外国の道人(僧侶)を呼んで呪文(祝文)を読ませた、話として見えている。

 わが国では、すでに早く『日本書紀』(神代下)に

天照大神…乃(すなは)ち矢を取りて之に呪して(上代は「ほきて」と訓読)曰く、もし悪心を以て射ば則(すなは)ち天稚彦(あめわかひこ)かならずまさに害に遭ふべし

とある.

薬力は業鬼を却(さ)くることあたはず、呪の功(く)は通じて一切の病を治す。     〔十住心論(1)〕
峰延、大威徳・毘沙門天の呪を誦せり。神呪の力、忽(たちま)ちに大蛇を斬りつ。     〔拾遺往生伝(下2)〕