ぶってん

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仏典

 仏典とは「仏教典籍」の略称であり、仏教の聖典の総称である。俗に「八万四千の法門」といわれるように、1千年以上にわたって生み出されてきた。インドの仏教史を見ると、釈迦を出発点とする原始仏教時代、部派仏教時代、大乗仏教時代の三つの時代を通して、経典は作成され続けている。さらにインドから仏教が伝播していく過程で、その渡来地の中国などでも経典が作られた事実がある。
 したがって、仏典を読む場合には、その仏典の戸籍しらべをわすれてはならない。ことに経典はすべて釈迦が説いたものとされ、他の作者名が記されることがない。具体的に言うと、釈迦の入滅後数百年を経過して書かれたことが明らかな経典であっても、釈迦の教説を信仰上正しく継承しているという立場を標榜し、「このように私は(仏から)聞いた」という出だしで始められており、経典自身には、いつ、どこで作られたかは、明記されることはない。
 戸籍が不明な経典の一つに、浄土三部経の『観無量寿経 』がある。いまだにインドで作成されたものか、中央アジアあるいは中国で成立したものか判断できない。梵文原典やチべット訳が見当たらず、漢訳とウイグル(中央アジア系民族)文の断簡が存在するのみのため、その戸籍が疑問視されている。このように、慣れ親しんだ経典でも、出自が不明なものも少なくない。

結集

 仏教の経典は、釈迦時代は暗記によって保持された。この時代のインドでは、文字はすでに普及していたが、その使用は商用や法規の公布などに限られ、世俗の用件に用いるものではなかった。ことに、書くことで自分を離れるから、聖典に対する敬虔さを失うと考えられて、文字に記すのではなく、体で覚えたわけである。
 仏典が組織的に編まれたのは、釈迦の入滅後間もない時期である。釈迦の入滅時に一人の比丘が「もう師からとやかくいわれることもなくなった」と放言したことがきっかけで、これを聞いた摩訶迦葉が、釈迦の教説(法と律)を正しく記録することの大切さを仲間の比丘たちに訴え、聖典を編纂した。
 この編纂会議を結集(けつじゅう、saṃgīti)と呼ぶ。しかし、ここでは現在我々が目にする仏典の成立ではなく、核とも言うべきものが作られた。この編纂会議は、第一結集と呼ばれている。
その後も、仏典は数百年間は暗記によって保持され、文字に写されなかった。

原典

 仏典の「原典」と呼ぶべき各国語に翻訳される以前の経典は、インドの言語による経典が中心になる。釈迦の用いた言語は、古代マガダ語的なものだろうと推定されるので、最初期の仏典は、この言語を使用したであろう。
 現在残る経典で、最も古いのは、パーリ語の聖典である、と一般的にはされている。
 この時代の言語としては、サンスクリット語が古い歴史を持っていたが、大衆への布教を重要視する仏教は、雅語よりも一般的用語を用いたのである。仏教が東インドから西インドに発展していって、西インドで用いられていたパーリ語で仏典が認められる。サンスクリット語で仏典が書かれたのは、後のことで、その場合でも俗語の要素が混入したもので、仏教梵語(en:Buddhist Hybrid sanskrit)と呼ばれている。
 仏典の原典とは、これらの言語で書かれたもので、今日まで残されたものを言う。貝葉(ターラの葉を乾かし紙の替りに用いたもの)などを用紙として、文字にはデーヴァナーガリー文字(悉曇文字と同系統。七世紀ごろから発達)が多く使用されている。
 しかし、パーリ訳と漢訳との照合の結果、パーリ語よりも、より初期の形態に近い漢訳も存在していることも事実であり漢訳の仏典に関して、単に新しい原典の翻訳と考えるのも誤りである。

経・律・論

 仏典には、経・律・論の三種がある。

  • 経は、釈迦の教説を伝えるための教えの集成
  • 律は、仏教徒としての行動規範を示すもの
  • 論は、経や律に対する研究、解釈をまとめたもの

 この三種を総称して三蔵と呼ぶ。

「経」とは、釈迦が教えを述べたものであり、経典(suutra)と呼ばれる。

 「律」は、戒律と呼ばれ、「戒」(śīla)と「律」(vinaya)のことで、仏教徒が自発的に守るべきものとして、釈迦によって定められた。よく知られたものに、不殺生戒(生命あるものを殺さない)・不偸盗戒(人のものを盗まない)・不邪淫戒(不倫をしない)・不妄語戒(うそをつかない)・不飲酒戒(過度の飲酒をつつしむ)の五つの戒しめ(五戒)がある。
 教団が発展するに従い、よからぬ行ないをする比丘(僧)が現われ、その都度、それらの行為を禁ずる戒めとそれに対する罰則が定められた。戒の数は今日、比丘二五○戒、比丘尼三四八戒である。 この「戒律」という語は、通常区分されずに使われるが、「戒」は、出家・在家を問わず自発的な努力によって非行を阻止し、善に向かわせるという道義的性質を持ち、「律(vinaya)」は、出家僧に対する禁制とその罰則を規定した法規的性質を意味する。

 「論」は、阿毘達磨(あびだつま、abhidharma)と呼ばれ、その語から「対法」とも訳される。釈迦の教説に対する研究・解釈の書で、論師が、自己や部派の仏教的立場を明確にするため、経のなかからその証を求めたり(経証)、組織的に論議を進めたり(理証)したものを集成した文献である。これらには、今日でも仏教を専門的に学ぶ者の必読とされるものが含まれている。