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ほんがくしそう

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

本覚思想

 日本天台を中心として発展していった思想で、『大乗起信論』に初出する「本覚」(本来の覚性)という術語ないし観念を軸として展開していったもの。かつては時代区分の上から、中古天台思想とも呼称したことがある。中国において、賢首法蔵(643-712)が『華厳経』とともに『大乗起信論』を用いて華厳哲学を確立したとき、本覚思想がはじまったが、日本に伝わって、空海(774-835)が『起信論』の応用解釈である『釈摩訶衍論』を活用しつつ、密教の体系化に努めたとき、本覚思想は再び脚光を浴びる。特に『釈摩訶衍論』では、究極の理として本覚以上に「不二摩訶衍(ふにまかえん)法」ということが強調されており、それを空海は密教にあてはめ、最高位に密教をすえた。本覚思想も不二にポイントを置いたものとなる。
 空海没後、密教に盛られた不二・本覚思想は比叡山天台に移入され、いっそうの発展をとげ、鎌倉中期(13世紀半ば)近くになってクライマックスに達する。
 定義づけを試みると

  1. 二元相対の現実をこえた不二・絶対の世界の究明
  2. そこから現実にもどり,二元相対の諸相を不二・本覚の現れとして肯定

ということになる。

二つの段階

 現実の世界には種々の事物や事象が生起しているが、それらは自他・男女・老若・物心(色心(しきしん))・生死・迷悟(仏凡)・善悪・苦楽・美醜などのように,AB2のわくで整理される。そのAB2は,それぞれ独立・固定の実体(自性)をもって存在しているのではなく、無我のもとで、根底は不二・一体をなしている。つまり、AB不二が真実相であり、永遠相ということである。『維摩経』(入不二法門品)では、「空」のいいかえとして不二が強調されている。
 本覚思想は、まずAB不二の永遠相をつきつめていった。これが本覚思想の第1段階であり、第1定義である。
 ついで、そこから現実にもどり、AB2の諸相をAB不二・本覚の現れとして肯定するにいたる。これが本覚思想の第2段階であり、第2定義である。空海の不二は、この第2段階にあたるものである。

 男女を例にとれば、男女の二は、本来、根底においては男女不二で、これが第1段階における不二である。ついで現実の男女二にもどり、男女二を男女不二の現れとして肯定してくる。いわば,男女不二と男女二との不二で、これが第2段階における不二である。具体的にいえば、現実の男女二の当相つまり男女の愛欲・合体の当処に男女不二の境地を見るということで、現実に密着した、その意味で現実肯定的な不二・本覚の思想である。

現実肯定

 ただし、空海には現実にたいする否定性が残っていたが、叡山天台における本覚思想は、中世にいたって徹底した現実肯定につき進んだ。
 まず生死に関して、真の永遠・絶対の生命は生と死の対立を超越した「不生不滅(無生無死)」ないし生死不二のところにあり、そこから現実の生死二をふり返って見れば、生も死も、ともに生死不二の現れとして肯定されてくる。
 ついで同様の論法を仏凡・迷悟の二にあてはめ、仏のみならず、迷いの凡夫もまた「仏凡不二」の現れとして肯定するにいたる。凡夫こそは現実に生きた仏のすがたであるとして、凡夫本仏論さえ打ちだされ、ひいては日常の行為・生活のほかに、とりたてての修行は必要なしと説かれた。

日本文化への影響

 本覚思想は仏教哲理の究極的なものとして価値高いといえるが、迷いの凡夫までも肯定するにいたった点は、仏教の一線を逸脱するものであり、そこには現実肯定の日本思想が関係していると思われる。
 すなわち、鎌倉中期近くになって、叡山天台の伝統的な『法華経』・本門思想と結合しつつ、現実肯定の日本思想を取りこんで、徹底した現実肯定につき進んだということである。
 鎌倉中期から以降、これが日本思想側に逆輸入され、神道をはじめ、和歌・能楽・生け花・茶の湯などの文芸の理論化に供せられた。

 なお、内奥の真理ということから、秘授口伝とか切紙相承(きりがみそうじょう)という伝達方法がとられたが、これも日本文芸に採用された。