ほんがんじは

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本願寺派

 浄土真宗本願寺派のこと。本山は本願寺西本願寺、京都市下京区)。親鸞の遺骨を納め影像を安置した大谷廟堂から展開した一派。3代覚如は廟堂を本願寺と称し、三代伝持を主張して、本願寺とその留守職である親鸞の子孫を中心に各地の門徒をまとめようとした。
 8代蓮如は、教線を大きく伸張させ、現在に至る本願寺教団の基礎を築いた。この頃から、本願寺系の門徒たちを中心とする一向一揆がおこるなど、社会的にも大きな勢力を持つようになった。
 本願寺は11代顕如の時に門跡となっている。慶長7年(1602)に教如東本願寺を別立し、教団が二分された。
 江戸時代には諸制度の整備が進められ、寺院・門徒の統制が行われた。また寛永16年(1639)に創設された学寮では、教学の研究と教育が進められたが、三業惑乱などの論争もおこった。明治になると、大教院分離運動などで、しばしば東本願寺や専修寺錦織寺などと協調した。明治13年(1880)には集会(現在の宗会)が開設されるなど、教団の近代化が進められた。

 平成22年(2010)現在、日本国内では31教区と沖縄県宗務特別区とがあり、所属寺院等は約10300ヵ寺。