ぼだいしん

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菩提心

bodhi-citta बोधिचित्त (S)、「道心・道意・道念・覚意」等と言う。「無上道心・無上道意」の訳語もある。

 さとり(菩提)を求める心、悟りを得たいと願う心などの意味。発心と同意。
 「阿耨多羅三藐三菩提心」(あのくたらさんみゃくさんぼだいしん)の略語という説があるが、それに相当するサンスクリット語の単語はなく、阿耨多羅三藐三菩提(完全なさとり)へ向けての心を発す、という形で用いられる。

 菩提心大乗仏教特有の用語。特に利他を強調した求道心をいう。菩提心は大乗仏教の菩薩の唯一の心で、一切の誓願を達成させる威神力(いじんりき)を持つと考えられた。
 密教ではすべての美徳の成立する根本心とした。

 菩提心は則ち一切諸仏の種子たり、能く一切諸仏の法を生ずるが故なり。菩提心は則ち良田たり、衆生の白浄の法を長養するが故なり。菩提心は則ち大地たり、能く一切の諸の世間を持するが故なり。菩提心は浄水たり、一切の煩悩の垢を洗濯するが故なり。  〔旧華厳経59 T9-778b〕
 菩提種性あり、菩提心を発して勤行精進せば、則ち疾く阿耨多羅三藐三菩提を成ぜん。  〔菩薩地持経第一種性品〕
 実体とは向に説く、如来蔵は煩悩蔵の所纏を離れず、諸の煩悩を遠離するを以て転じて身清浄なることを得。是れを名づけて実体となす。  〔究竟一乗宝性論第4身転清浄成菩提品〕

 菩提心は作仏を願ずる心だから、一切の菩薩は悉くこれを発起することを必要とする。したがって往生浄土を求める者も、この心を発すことが求められるので、『無量寿経』巻下の三輩往生の人はみな無上菩提心を発すべきことが説かれている。これによって曇鸞を始めとして、中国の諸家や日本の源信もみんな菩提心をもって往生浄土の正因としている。
 しかし、法然の『選択本願念仏集』では、廃立の立場から菩提心を廃捨し、証空の『観経玄義要義釈観門義鈔』第1には、菩提心に行門と観門に別して、行門の菩提心はこれを廃捨するが、観門の菩提心は、即ち三心であるから、菩提心を往生の正因としている。
 親鸞の『教行信証』信巻には、権実顕密大小所説の歴劫迂回の菩提心と自力の金剛心などを総じて自力の菩提心とし、願力回向の信楽すなわち願作仏心を横超の大菩提心なりとする。
 良忠の『観経序分義伝通記』第3には、浄土門の菩提心と聖道門の菩提心に別けて、浄土門の菩提心は願を此土に発して行を彼土に修し、聖道門の菩提心は此土において願行具足するとしている。また同第1には、さらに菩提心を総安心、三心を別安心と名づけて、聖冏の『釈浄土二蔵義』第11には、厭欣心と菩提心とを併せて総安心としている。

 願わくばこの功徳をもって、平等に一切に施し、同じく菩提心を発して、安楽国に往生せん。    〔観経疏 玄義分〕
 菩薩初めて発心し無上道を縁じて我れ當に作仏すべしと。是れを菩提心と名づく。    〔智度論 T25-362c〕
 菩提心は是れ諸善の根本、万行の尊首なり。(中略)仏道の種子なり     〔摧邪輪〕