しょえんねん

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所縁縁

ālambanaṃ, ālambana-pratyaya (S)

 対象としての縁。所縁とは、心・心作用の対象をいう。心・心作用の対象が原因となって、心・心作用という結果が生ずる場合に、心・心作用の対象を所縁縁、心・心作用を増上果という。六因のうちでは能作因に含まれる。〔倶舎論〕

 唯識では、それをさらに親所縁縁と疎所縁縁とにわける。
 このなか親所縁縁とは見分(認識する側のこころの部分)が直接に認識する相分(認識される側のこころの部分)としての対象をいい、疎所縁縁とはそのような相分としての対象のいわば奥にある間接的な認識対象をいう。疎所縁縁とは根本の心である阿頼耶識が作り出し、阿頼耶識みずからが認識しつづけている本来的な存在(本質)をいう。 

 所縁縁と云は心の知る所の物を云也、知らるるものを縁として生ずる故也。    〔唯識大意〕
 四緑、一因縁、二等無間縁、三所縁縁、四増上縁。(中略)所縁縁者、謂、諸心心所所縁境界。〔『瑜伽』3,T30-292a〕
 縁且有四、一因縁。(中略)所縁縁、謂、若有法、是帯已相、心或相応、所盧所托。此体有二。一親、二疎。若与能縁、体不相離、是見分等内所盧托、応知、彼是親所縁縁。若与能縁体、錐相離。為質能起内所盧托、応知、彼是疎所縁縁。〔『成唯識論』7,T31-40a~c〕
 若縁本質、有法無法、心内影像、定必須有。此既有体、見託彼生、即是縁義。然心起時、帯彼相起、名為所縁。帯是挟帯逼附之義。由具二義、与小乗別。雌無分別縁真如時、無有似境相、而亦挟帯真如体起、名所縁縁。〔『述記』2本、T43-271c〕