だいひ

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大悲

mahaa-karuNaa (skt.)

 仏の衆生に対するいつくしみ。大智、すなわち悟り(自覚、自利)をあらしめる智慧に対し、衆生済度(覚他、利他)をあらしめる原動力。仏に特有な18の徳性(十八不共法)の一つ。

 大乗仏教は特に仏の慈悲を強調するが、さらに菩薩にも不可欠の徳と考える。
 たとえば観自在菩薩(観音)は「大悲を有するもの」とよばれる(大悲心陀羅尼)。さらに、菩薩は他者に代ってその苦を引き受けるとされ(大悲代受苦)、また、大悲をもって衆生を済度するため涅槃に入らないとして〈大悲闡提〉ともよばれた(楞伽経)。

 みずからの心を中心とするのではなく、相手の心をみずからの心として生きる。一切の人々と同体であるという自覚に生きることが「大悲」の意味である。キリスト教の教えなどとは異なり、他人に対する憐憫ではなく、同体・一体であるという自覚が働きとして働いている姿である。
 このように考えるのが仏教の中心にある考え方である。そこで、成仏が、たんに仏となることで満足するのではなく、常に他を救うことによって初めて自らの成仏となる、と言われる。
 単なる「悲」が「無瞋」、つまり怒りのない心をその「体」(ものがら)としているのに対して、「大悲」は「無癡」、つまり道理を明確に自覚している心をその体としている。つまり、特定の限定された人に対してではなく、すべての人々に向かって働く心を「大悲」と呼ぶ。

彼の聖徳太子救世観音応現、大悲闡提の菩薩なり    〔盛衰記(8)〕

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