ゆ
出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』
目次
由
adhiṣṭhaya: āgamya: upādāya: vaśa (S)
よる。たよる。もとづく。~に関する。
「依他の縁力に由るが故に有り」「他音に由って内に正しく作意す」「勝義に由るが故に一切は皆な無し」
hetu: yasmāt
理由。原因。目的。「此の因縁に由る」「此の道理に由る」
方法。手段。「此の方便に由る」
油
taila (S)
あぶら。
喩
adhivacana: upamā: kalpa: dṛṣṭānta: sthānīya
たとえ。比喩。たとえること。~の如くであること。比較すること。
「父は諸仏と及び已に大地に証入せる菩薩に喩う」「一切の別解脱律儀は此の菩薩の律儀戒に於ては百の分にして一にも及ばず、喩の分にして一にも及ばず」「病を見已って次に病因を尋ね、続いて病愈を思い、後に良薬を求めるが如く、契経にも亦た苦諦・集諦・滅諦・道諦の四諦の次第の職を説く」
dṛṣṭānta
因明における三支作法(仏教論理学の論法を構成する3つの要素)である宗・因・喩のなかの喩。
遊
anvā-kram: prayāṇa: bhram
(道や村落などを)歩む、歩きまわること。(乞食をしつつ)巡ること。
「非道を遠離して正道を遊す」「阿羅漢が一時に於て阿練若大樹林の中を遊し道路を迷失す」「城邑などを遊す」「商侶が相い依って共に険道を遊するが如し」
世間の中で
歩きまわること。生きること。
「諸仏は常に世間に遊び、一切の有情類を利楽す。利・衰などの八法の熱風や邪分別が傾動すること能わず」
愈
なおること。いやすこと。
「随眠を断ずる時と諸相を除遣する時とは平等平等なり。医などの過患が愈る時、髪毛輪などの相が亦た随って遣り、愈る時と遣る時とが平等平等なるが如し」
踰
(垣根などを)こえること。(城を)出ること。
「垣牆を踰えず、坑塹を越えず、山岸に堕せず、月踰に随って主家に往施すべし」「菩薩は転輪王の位を棄捨し、城を踰えて出家し、無上覚を求めて師友を尋訪して王舎城に至る」