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かいだん

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

戒壇

 戒の授受を行うために土を築いて設けられた特定の壇をいう。

 唐の義浄の『大唐西域求法高僧伝』には、インドの那爛陀寺の戒壇について、平地に方1丈余、高さ2尺ほどの壇があり、そのなかに塔があったとの記述がある。

 中国では、嘉平正元のころ(249-255)洛陽に築かれたと伝えるが、434年(元嘉11)南林寺に築壇されて授戒したのがその始めとする説もある。唐代に至って、道宣が667年(乾封2)浄業寺に築壇し、戒壇の名称・起源・形態などについて詳述している。その後、中央・地方に戒壇が立てられていった。

 日本では、唐僧鑑真が来日して、754年(天平勝宝6)東大寺大仏殿の前に築壇したのが始めである(cf. 戒壇院)。次いで筑前(福岡県)観世音寺、下野(栃木県)薬師寺にも戒壇が設置された。平安時代初頭、最澄による円頓戒授受勅許要請がその没後にいれられ、延暦寺に戒壇が立てられた。東大寺戒壇には多宝塔が安置され、釈迦・多宝2仏が並坐するが、延暦寺戒壇には仏舎利および三師としての釈迦・文殊・弥勒の像を安置。東大寺戒壇は僧綱の管理下にあったが、天台宗延暦寺が戒壇を持つことは、僧綱の支配からの独立、教団の自立を意味した。