しほう
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四法
法宝の中に於て4種ある。
- 教法、三世諸佛の所説無明煩悩を破する声名句文なり。
- 理法、教法所詮の義理なり。
- 行法、理に依って行ずる戒定慧なり。
- 果法、行滿じて得る所の有爲無爲の証果なり。〔大乘本生心地觀經2 T3-299b〕
又 菩薩修行の四法もある。
- 不捨菩提心。
- 不捨善知識。
- 不捨湛忍愛樂。
- 不捨阿練若。 〔大乗記法経〕
又 「信解行証」の四法というのもある。
浄土真宗の四法
- 教法、淨土の大無量癖經なり。
- 行法、第十七願成就の名號なり。
- 信法、第十八願成就の信心なり。
- 証法、第十一願成就の至滅度なり。
此の四法を以て一宗を總該す、即ち一宗の本典を教行信證と題する之が爲なり。而て之を前の四法に對すれば教行證の三は名義共に同じく、理と信とは其の名異にして其の意同じきなり、何となれば聖道は本具の理性を以て成佛の眞因となし淨土眞實は阿彌陀廻施の信心を以て證悟の眞因となす、理と信と其の所依を異にし其の性相を別にするも菩提の正因なるは即ち一なり。
然るに法然上人の選択集は教行證の三法を以って淨土一教を該収せられたり、是れ念佛爲本の宗意にて信を行に攝めて三法となし、念佛爲本の化儀に依れるなり。
然るに親鸞聖人は更に一歩を進めて行中所具の信を開きて四法となし信心爲本の化儀を張られしなり、然れども信解本とより不離なれば開けば四法なるも合すれば三法なり、且つ所信能信に約して之を分別する時は信を行の中に擬めて教行證の三法を所信となし、信を以って行者歸命の心となすなり。本典の内題には数行證文類となし、其の序に「敬信眞宗教行証」とせられたる所以なり。