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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

逆罪

 デーヴァダッタとアジャータシャトルの逆罪 ゴータマーブッダ在世当時、マガダ国の王城ラージャグリハ(王舎城)で起こった、いわゆる王舎城の悲劇についてはパーリ・漢訳の初期経典・律蔵、さらに大乗経典の多くのものに記述がある。それらの記述には各種の伝説が折り込まれているとはいえ、歴史事実が骨子となっていることは間違いない。浄土教関係の経論だけでも。『観無量寿経』の序文・『大乗涅槃経』・善導の『観経四帖疏』序文義などはこの物語を詳しくとり扱い、親鸞も「信巻」において『大乗涅槃経』にあるアジャータシャトルの懺悔と救済の部分を長文にわたって引用している。
 アジャータシャトル(阿闍世)はシャイシュナーガ朝の一王で、紀元前5世紀あるいは4世紀に、中インドのマガダ国王として勢威をふるった。彼が仏典において有名になったのは。父王ビンビサーラ(頻婆沙羅。Bimbisāra)を殺して王位に就き、母のヴァイデーヒー(韋提希。Vaidehī)を獄中に幽閉するという大罪を犯したが、のちに懺悔してゴータマーブッダに帰命して救済されたからである。また伝説においてはアジャータシャトルが逆罪を犯すまでの経過には、アーナンダ(阿難) の兄、ゴータマーブッダの従弟にあたり、またその弟子であったテーヴァダッ夕(提婆達多と音写、調達ともいう。Devadatta)の仏教教団への反逆と分裂の物語が折り込まれている。
 アジャータシャトル(Ajātaśatru) は「その敵のまだ生まれていない者、無敵の人」の意味をもつ名であるが、「生まれる以前から〔父に怨みをいだいた〕敵」という俗解も行なわれ、「未生怨」とも呼ばれ、また「折指」ともいわれる。いずれも『涅槃経』などの伝説に拠る。
 父王が子のないのを憂いていたところ、占師が「ヴィプラ山に住む仙人が死んだのち。太子となって生まれる」と告げた。王は待ち切れずにその仙人を殺したところ、はたして王子が生まれた。この王子は生まれる以前から父王に怨みをもっていたから「未生怨」 と呼ばれた。また生まれるときに相師が「この王子は父王に怨みをいだいている」と告げたので、高楼から地上に産み落とさせたが、一指を折っただけであったので、「折指」と呼ばれるようになった。パーリ伝その他では父王の王子への愛情の深さを示す物語もある。王子が指にできたはれものの痛さに泣き叫んでいたので。侍女たちが王子を政務をとっていた父王のもとへ連れて行った。父王は王子の指を囗に入れて膿を吸って癒したが、吐き出す場所がなかったので呑みこんでしまった。という。

 デーヴァダッ夕は釈尊のもとで出家修行していたが、釈尊にかわって教団の長たる仏陀になろうとして反逆し。アジャータシャトルに近づいて、父王を殺して王位に就くようにそそのかした。アジャータシャトルが王となり、自分が仏陀となって世を治め、教化しようとしたのである。デーヴァダッ夕は山上から岩を落としたり。アジャータシャトルの飼っていた象を釈尊に向ってけしかけたりして。釈尊を殺害しようとしたが果たさなかった。しかし。一説によると、デーヴァダッ夕はすぐれた出家で。ゴータマーブッダの教団の戒律が緩すぎるのを憤って、戒律と訓練の厳しい仏教教団を別個に組織した。その教団は長く後世に残ったといわれている。『法華経』には釈尊が、デーヴァダッ夕は宿世において自分の教師であった、と宣言する場面もある。