かんじょう

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勧請

 仏に勧めて、法を説いたり、世に久しく住することを請うこと。釈尊が悟りを得たとき梵天がきて法を説くことを請い願ったり、あるいは普賢菩薩の十大願の第七に、仏がこの世に長くとどまることを請い願うなどの用例がある。
 日本では、神仏の神託を請うこと、神仏の霊や形像を招請し奉安することをもいう。中世、日吉山王社、八幡宮、祇園社、天満宮、そのほか有名神社の祭神の分霊は、全国に勧請された。こうした神は勧請神といわれたが、祭りのために臨時に祭壇に招請される神をさす場合もある。

灌頂

561年 - 632年 中国、唐代の天台宗の僧。字は法雲、俗姓は呉氏。浙江省臨海県章安の人。

 天台宗第二祖。臨海県章安の人であるので、郷里の地名によって章安大師といわれる。
 7歳に摂静寺(しょうじょうじ)の慧拯について出家、25歳の時に智顗に謁し、侍者となる。25歳(585年)、智顗が天台山を下って、再び金陵に出て、光宅寺で『法華文句』を講じた年である。智顗に従うことおよそ十三年、その講説を聴き、天台三大部をはじめ、智顗の著作の重要なもの百余巻を筆録し、編纂して後世に残した。
 さらに智顗亡き後の未完成の天台山を引受け、晋王広の援助を受けて、天台山に国清寺を建立し、天台宗の基礎を固めた。天台宗形成の大功労者である。

著書

  • 『涅槃経疏(ねはんぎょうしょ)』2巻
  • 『観心論疏(かんじんろんしょ)』5巻

など

灌頂

abhiSeka、abhiSiGcaの訳語で、「頂上に水を灌(そそ)ぐ」という意味。

 インドの国王が即位の際、四大海の水を汲(く)んでその頭上に注いで四海掌握を意味した儀式であった。大乗仏教では、仏位受職(ぶついじゅしき)(仏の位を継承する)の名称に転じた。
 とくに密教では、如来の五智(ごち)を象徴する五瓶(ごびょう)の水を受者に注ぐことによって、密教の法燈(ほうとう)を継承せしめたとする重要な儀式となり、密教独自の法儀として護摩修法とともに他宗と区別する特色となった。

種類

 内容、目的、形式などで多くの分類がある。

  • 在家の人々を対象に曼荼羅(まんだら)中の一尊と縁を結ぶ結縁(けちえん)灌頂
  • 出家者のための初歩的な灌頂としての受明(じゅみょう)灌頂
  • 密教の完全な真理を体得して阿闍梨(あじゃり)となる者に金剛界・胎蔵界の真理を伝える伝法(でんぽう)灌頂

3種がある。

 また『大日経』「秘密曼荼羅品(ぼん)」では、

  • 特定の道場で行う作業(さごう)灌頂
  • 秘印のみを授ける印法(いんぼう)灌頂
  • 師と弟子が互いの心中で行う以心(いしん)灌頂

の三種灌頂と、修行の位を5種に分けた五種三昧耶(さんまや)が説かれる。

 灌頂は密教の法脈を師から資(弟子)に相承する厳儀であると同時に、密教を広める法儀であり、中国では、真言の列祖が伝法と結縁のためにたびたび灌頂壇を開いて密教を広めた。日本では、812年(弘仁3)弘法大師空海が高雄山寺(たかおさんじ)で行った金剛界・胎蔵界両部の灌頂が初例とされる。