しゃくにょ

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綽如

しゃくにょ、1350年(正平5)(観応元)-1393年(明徳4)享年44歳。本願寺第5代。
童名:光徳丸。名:時芸。号:尭雲。周円上人。4世善如の子。
1375年(永和元)、善如の譲状をうけて5世となったが、1385年(至徳2)には長男巧如に譲状をあたえており、「遼遠之境」におもむくとの理由書きがあり、地方教化を目指したと考えられている。
善如が寂した1389年(康応元)に再び巧如に譲状をあたえ、その翌年には越中井波に瑞泉寺(富山県井波町)を開創した。瑞泉寺には沙門尭雲と署名のある1390年(明徳元)8月の勧進状が残されている。綽如の越中下向は、野尻の住人杉谷慶善をたよって永和年間に行なわれていたとも伝えられ、越中五箇山で示寂したとも言われている。

中国皇帝からの書簡にあった難解な三文字を解読し、返書を書いた功績として、周円上人の称号と勅願寺の指定を賜る。
本願寺に鎰取役・堂衆をおくなど、寺院としての体制を整えた。

著書

  • 入出二門偈引記