じんごじ
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神護寺
京都市右京区梅ケ畑高雄町。高雄山と号し、高野山真言宗。
延暦年間<782-806>和気清麻呂が河内国に建立したとされる神願寺を、その子真綱などが天長元年<824>高雄に移し、従来高雄にあった高雄寺と合併して神護国祚真言寺と改め、定額寺となったという。
なお高雄寺は高雄山寺ともいわれ、創建は不明であるが、和気氏の氏寺として創建され、延暦21年<802>和気弘世は本寺に最澄らを請うて法華会を行わせている。唐から帰国した空海は当寺に入寺し、弘仁3年<812>には金胎両部の灌頂を行った。空海が高野山に入ると、その弟子真済が跡をつぎ、寺観を整えた。
貞観17年<875>和気彜範(つねのり)は禅林寺真紹の遺志を継ぎ梵鐘を鋳造した。正暦年間<990-995>、久安年間<1145-1151>焼失して衰亡したが、仁安3年<1168>より文覚が後白河法皇・源頼朝などの寄進を得て復興した。応仁の乱後再び
衰退したが、大永年間<1521-1528>慶真が修営し、のち豊臣・徳川両氏も寺領を寄せ、元和年間<1615-1624>屋島寺竜厳が再興した。
金堂・多宝塔は昭和9年<1934>の再建にかかる。