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ブラフマン

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

ブラフミンから転送)

ブラフマン

brahman、漢訳「梵」

 「梵」と音写する。ブラーフマナ時代以来「宇宙の根本原理」を意味する。インド哲学史上重要な術語の一つである『リグ・ヴェーダ』以来頻繁に用いられているが、その語源についても原意についてもさまざまに説かれている。しかし一般には、主としてH.オルデンベルク(1854-920)の説に従って、元来は「神聖で呪力に満ちたヴェーダの祈祷の語」、すなわちヴェーダの讃歌・祭詞・呪詞さらにはそれに内在する「神秘力」を意味した、という。しかし祭式万能の気運が濃厚となるにつれて、祭式でとなえられる祈祷の語、ないし、その神秘力が神々をも支配する「力」と認められ、ついに祭式を重視するブラーフマナ文献において、「宇宙の根本原理」にまで高められたと考えられている。近年、L.ルヌー(1896-1966)はその原義について新説を発表し、宇宙の諸事象を密接に関連づけている「謎」であるとし、他方、J.ゴングは「万有の支柱となっている力」の観念が後世にいたるまでプラフマンの概念の根底をなしていると主張した。
 またP.ティーメは、ギリシア語「モルフェー」(morphé,形態)との関連を見出し、讃歌その他の「形成」「定式化」であるとした。しかしこれらの新解釈は、一般に承認されているようには思われない。その原義が何であれ、古ウパニシャッドの時代になると、その宇宙の根本原理であることは自明のこととされ、ついにはウパニシャッドの中心教説とされる梵我一如の思想を生んだ。
 またこのウパニシャッドに立脚して成立したヴェーダーンタ哲学は、このブラフマンの考究を目的としており、やがてヴェーダーンタ哲学がインドの主要思想潮流となるにつれて、インド哲学を貫く重要な概念の一つとなった。

 なおブラフマンの男性語は(通常Brahmāと表記)神格化した最高神、すなわち梵天を意味する。またバラモン婆羅門)あるいはヴェーダの祭全般を総監する祭官をも意味する。

ブラフマン(Brahman)の変遷

太初、この世は有(sat)(根本実在=brahman)のみであり、唯一にして無二であった。

と、ウッダーラカ・アールニ(Uddālaka Āruṇi)は論書の最初に述べている。つまり、実在の根本原理は、ことば(ロゴス)であるとされた。
 これは、ヨハネによる福音書の冒頭に「はじめにロゴスありき。神はロゴスとともにありき」とあるのと似てはいるが、アールニは「無二」であると言っているから、神の存在する余地はない。
 紀元前後に登場したヴェーダーンタ哲学は、アールニの哲学を継承しつつ、最高神による絶対的救済を標榜するヒンドゥー教にあわせる形で、ブラフマン即最高神と説く。すると「神はロゴスとともにありき」ではなく、「ロゴスとは神の異名なりき」となる。
 紀元5世紀後半に、文法学派に属しながらもヴェーダーンタ的な一元論を唱えたバルトリハリ(Bhartṛhari)は、「語=ブラフマン」説を唱えた。
 この説は複雑だが、太古のインド的思考への先祖返りと考えればよい。これは、ヴェーダ聖典の「ことばであるブラフマンが世界を創る」とする太古のインド人の信念に基づいている、と考えられる。

ブラーフマナ

 brãhmaṇa というのは、brahman からの派生語であり、その brahman は、√bṛḥ からの派生語である。この √bṛḥ というのは、「拡大する・膨張する」を原義とするので、brahman は「拡大するもの・膨張するもの」を原義とする。
 ヴェーダ聖典の言葉を、brahman という。ヴェーダ聖典の言葉は真実であるから、その言葉通りに世界を創る力を持っている、と信じられている。つまり、言葉が拡大し、膨張して世界を創るのだと信じられている。
 宇宙の根本原理である brahman は、「もの」ではなく「(真実の)ことば」である。多くのインド人哲学者にとって、この世界は言葉の産物であり、言語空間に他ならない、と考えられているのである。

 この思想は、後の密教にも通じており、密教でいう真言がはたらくとされるのは、この思想に基づいていると考えられる。