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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

 
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'''善知識''' (ぜんちしき、kalyaaNa-mitra कल्याणमित्र(sanskrit))
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=善知識=
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kalyaaNa-mitra कल्याणमित्र(sanskrit)
  
 
 kalyaaNaは、「美しい」「善い」の意味の形容詞、中性名詞として「善」「徳」の意味。mitraは「友人」。これによって、「善き友」「真の友人」、仏教の正しい道理を教え、利益を与えて導いてくれる人を指していう。「善友」とも漢訳される。<br>
 
 kalyaaNaは、「美しい」「善い」の意味の形容詞、中性名詞として「善」「徳」の意味。mitraは「友人」。これによって、「善き友」「真の友人」、仏教の正しい道理を教え、利益を与えて導いてくれる人を指していう。「善友」とも漢訳される。<br>
 
 この意味から、[[ぜんしゅう|禅宗]]では参禅の者が師家をこう呼ぶ。[[じょうどしんしゅう|浄土真宗]]では念仏の教えを勧める人、特に門徒が正しい法の継承者として門主をこう呼ぶ。
 
 この意味から、[[ぜんしゅう|禅宗]]では参禅の者が師家をこう呼ぶ。[[じょうどしんしゅう|浄土真宗]]では念仏の教えを勧める人、特に門徒が正しい法の継承者として門主をこう呼ぶ。

2008年1月14日 (月) 19:46時点における版

善知識

kalyaaNa-mitra कल्याणमित्र(sanskrit)

 kalyaaNaは、「美しい」「善い」の意味の形容詞、中性名詞として「善」「徳」の意味。mitraは「友人」。これによって、「善き友」「真の友人」、仏教の正しい道理を教え、利益を与えて導いてくれる人を指していう。「善友」とも漢訳される。
 この意味から、禅宗では参禅の者が師家をこう呼ぶ。浄土真宗では念仏の教えを勧める人、特に門徒が正しい法の継承者として門主をこう呼ぶ。