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ふんべつ

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

2005年5月12日 (木) 10:19時点におけるマイコン坊主 (トーク | 投稿記録)による版

分別

vikalpa विक्प (skt.)

諸々の事理を思量して識別することを分別という。これは、心心所の自性作用であるから、これによって心心所の異名として呼ばれることもある。

これは決して「良い意味」で使われる言葉ではない。仏は無分別智を得たのであるから、仏教の目標は無分別にある。世間の考え方とは逆であることに、十分な注意が必要である。

法は分別に帰する。聖は涅槃に帰する。  発智論
法は分別に帰する。真人は滅に帰する。  成実論
分別というのは、有漏の三界の心心所法である。妄分別をもって自体と為すがゆえに。  唯識述記 七末

三界の心心所は、虚妄の分別をもって自性とする。すなわち、無我無法の上に妄りに我法を分別するのである。これによって、これを分別の惑と称し、この分別の惑を断じるのを無分別慧と称する。

三分別

  1. 自性分別 心心所の自性が現前の境に対して尋求動躍する。眼識が色を識別するようなもの。これは現量である。
  2. 計度分別 種々の差別(しゃべつ)のを猛利に思量推度する。
  3. 隨念分別 経歴した事を追念思惟すること。

後の二つは、意識に限られてあるので、比量・非量である。