ぐうそう

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共相

sāmānya-lakṣaṇa

 ある事象すべてに共通するすがた.ありよう。自相に対する語。共相をさらに詳しく分析すると次の2つになる。
 1.ただ共相であり自相になりえない共相。すべての事象の究極のありようである無常無我不浄というありようをいう。
 2.共相であってまた自相にもなりうる共相。たとえば、物質を眺めてそれを「色蘊」(物質)と呼ぶと、色蘊というありようはそれ以外の受蘊・想蘊などの四蘊(心)とは区別された独自のありようをいうから、色蘊は自相となる。しかし色蘊はさらにさまざまないろ・かたちをもつもの(色処)に分析されるから、色蘊と色処とを対比させると色蘊はすべてのいろ・かたちあるものにあてはまる共通のありようであるから、それは共相となる。すなわち色蘊は自相にも共相にもなりうるありようをいうことになる。このように自相と共相という2つの概念を用いて事象の観察を深め、最後に、もはや言葉では表現できない究極の存在(不可言説の法体)を証する観察を自相共相観という。

 身受心法各別自性、名為自相。一切有為皆非常性、一切有漏皆是苦性、及一切法空非我性、名為共相。〔『倶舎』23、T29-118c〕
 言共相者。如言色時、遮余非色、一切色法皆在所言。乃至言青、遮非青、一切青皆在所言。貫通諸法、不唯在一事体中、故名共相、説為仮也。〔『述記』2末、T43-296b〕
  •  種類共相・成所作共相・一切行共相・一切有漏共相・一切法共相の五種の共相が説かれる〔『瑜伽』16、T30-361c〕。

sārdham

 「共に相い」と読み、「共に」「一緒に」「相互に」を意味する副詞。

 在家と出家と共に相い雑住す。
 諸の有智同梵行者と談論し共に相い慶慰す。