むじょう

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無常

anicca (P)、anitya अनित्य(S)、anityatā 〈無常性〉

 「常住」(じょうじゅう)の反対語。すべての有為法は生滅してとどまることなく移り変わるということ。有為法は、因縁によって生じたものであり、常に因縁は変化し続けているからである。

 無常には「刹那無常」と「相続無常」との2つがあり、前者は諸行は一瞬一瞬念々に生滅するという相をいい、後者は人命が尽き、草木が枯れて死に、燃焼し、水が蒸発し霧散するような生滅の過程の中に、生・住・異・滅の四相を見る場合を言う。  大智度論 43

総論

 常ならざること、変化すること、生滅あること。特に人間など生あるものが必ず死滅すること。あるいは健康なものが病み、青年が老いるなど、変化してほしくないものが望ましくない方向に変わることに対して言われる。

 すべて集まったものは尽き、高きものは必ず堕ち、会合したものは離れ、生あるものは死す。〔『有部律』無常法頌〕
 何であれ集起するものは滅するものである。
 諸行は無常で、生滅性のもの(uppādavayadhammin)である。〈諸行無常、是生滅法。いわゆる無常偈。あとに生滅滅已、寂滅為楽とつづく〉

 そして「無常なるものはであり、苦なるものは我ならざるもの(無我)である。」「無常・苦にして、変異するもの(vipariṇāmadhamma、変易法)はわれ、わがものではない」ここで諸行とは他の諸現象をあらしめるはたらき(をもつもの)であるが、同時にそれは他の行によって作られたもの(有為法)、すなわち縁起したものである(=有為法=縁生法)。具体的にはわれわれの身心(五蘊)や眷属、所有物など(我所とみなすもの)すべてで、それらを常恒不変と思う所に苦が生ずる。それに対し、「諸行無常」(sabbe sańkhārā aniccā)と観ずる(無常観)のは、苦の滅、すなわち涅槃にいたる重要な因となる。
 こうして「諸行無常」は、仏教の最も基本的な教理とされ、苦・無我とならんで三つの特相(ti-lakkhaṇa)といわれ(南方上座部)、あるいは「諸法無我」「涅槃寂静」とならべて三法印、さらに「一切行苦」を加えた四法印の第一にあげられる(北伝系)。また「無常・苦・空・無我」として苦諦四行相の一つ、「無常・苦・無我・不浄」として四不顛倒の一つに数えられる。
 アビダルマの教学においては、無常を理論的に説明して、諸法が刹那ごとに滅すること(kṣaṇika,刹那滅)といい、その変化の過程を生住滅もしくは生住異滅に分ける(有部では一刹那に生住異滅の四相を含むと見る)。生住異滅は有為の四相と呼ばれるが、無常は有為法に共通な特質と考えるわけで、これに対し無為法(涅槃や虚空)は常住不変で、生滅の滅した状態、時間を超えた存在とみなされた.大乗仏教になると、涅槃を得た仏もまた常住永遠とされ(「如来常住、無有変易」『涅槃経』)また、常楽我浄四徳をそなえるとも説かれる。
 唯識説では、我や諸法のような仮構されたもの(遍計所執性)は非存在という意味で常住でなく、依他起縁起)のアーラヤ識は生滅あるものとして無常、修行の完成態(円成実性)も真如法性)としては不変であるが、有垢から無垢へ転ずる点で無常という。これは本性清浄なる心(如来蔵)が修行によって客塵を脱して清浄となる(離垢清浄)ことで、道諦に関わる無常である。
 なお、論理学(因明)では「作られたものは無常である」という命題を立て、言葉(śabda,声)を喩例とするが、これはミーマーンサー派がヴェーダ聖典の永遠性を主張して「声常住論」を説くのと対立する。

日本における展開

 仏教思想のなかで、日本の精神史に最も大きな影響を与えたものの一つは無常の思想である。しかし、仏教の無常観がそのまま受容されたわけではなく、大きく日本的な変容を受けている。元来の仏教の無常観は、

  1.  あくまで宗教上の問題であり、無常の現実は苦なるものとして超克されねばならず、そのために修行し、悟りにいたることが求められた。
  2.  したがって無常は、情意の面で受けとめられ、慨歎されるだけでなく、冷静に知的・理性的に把握され、分析された。
  3.  また無常は主として主体たる人間存在の問題であり、広くは六道に輪廻する衆生の問題であった。

 これに対し、日本で発展した無常観においては、

  1.  無常は必ずしも超克すべき対象とは見られず、それが発心・隠遁の動機となった場合にも、その超克よりも無常に身をゆだねて生きることのほうが重んじられた。さらには無常を味わい、楽しむ境地へと発展した。
  2.  知的・理性的な分析は重視されず、情意的な把握が中心であった。〈無常観〉ではなく〈無常感〉だといわれるゆえんである。それゆえ、宗教としてよりも文芸などの面で展開を見、独特の〈無常の美学〉が形成された。
  3.  個としての人間の問題としてよりも、自然の推移が全体として無常なるものと捉えられ、人間はそのなかに埋没する存在と見られた。

散りゆく桜が無常の象徴と見られるゆえんである。

 具体的に無常観の歴史的展開を見ていくならば、まず、最古代の日本では時間は循環するものと考えられ、無常を歎く姿勢は見られなかった。時間の推移に対する悲歎は『万葉集』では天武・持統期の作品から現われ、特に柿本人麻呂は荘重な調べのなかに過去の甦りがたいことをうたいあげた。奈良時代の旅人・憶良・家持などには、はっきりと知識として仏教の無常観が受容され、問題とされている。
 平安初期には、『三教指帰』のなかの「無常之賦」など、新仏教の形成に無常観の影響は大きいが、日本的な〈無常感〉として著しく発展するのは王朝の文芸においてである。王朝文芸の理念は本居宣長によって〈もののあはれ〉と指摘されたが、それは宣長が主張するような一般的な感動の表出にとどまらず、やはり時間の推移に対する悲歎の情を含むものと考えられる。特に女流文学では愛のはかなさ が大きなテーマであった。中世にいたって無常観は最も高度に展開する。
 鎌倉期の仏教者にとっても無常は大きな問題であったが、道元の無常仏性の主張に見られるように、無常を肯定しつつそれを生きぬこうとする面が出てくる。その方向を文芸の面で発展させたのが隠者たちで、世俗を離脱しながら、無常を味わい楽しむ境地をしだいに開いていく。「世はさだめなきこそいみじけれ」という『徒然草』の主張はその頂点といえよう。
 こうした無常を味わう境地は、和歌・連歌・能楽・茶道などの美学の形成に大きな影響を与え、〈幽幻〉〈わび〉などの独特の理念を発展させた。近世にいたると、芭蕉などのように無常観を根底にすえた文芸の展開もあるが、町人の台頭にともない、〈憂世〉から〈浮世〉へといわれるように、現世的享楽的な文化が花開くことになる。