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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

 
(論書)
 
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「[[あびだつま|阿毘達磨]]」と同じ。
 
「[[あびだつま|阿毘達磨]]」と同じ。
  
教義・教理上重要な綱目などを集め、それらについて解釈・解説を施したもの。[[きょう|経]]・[[りつ|律]]とともに[[さんぞう|三蔵]]を構成している。
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 教義・教理上重要な綱目などを集め、それらについて解釈・解説を施したもの。[[きょう|経]]・[[りつ|律]]とともに[[さんぞう|三蔵]]を構成している。
  
解釈・解説を受ける母胎となる部分を論母(ろんも)といい、この部分は経典などから集められたものであるが、論自体は仏弟子の撰述とされ、この点、仏説・仏制を標榜する経や律とはその立場や性格を異にしている。
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 解釈・解説を受ける母胎となる部分を論母(ろんも)といい、この部分は経典などから集められたものであるが、論自体は仏弟子の撰述とされ、この点、仏説・仏制を標榜する経や律とはその立場や性格を異にしている。
  
[[パーリご|パーリ語]]([[じょうざぶ|上座部]])・漢訳([[せついっさいうぶ|説一切有部]])ともに、基本的な論としてそれぞれ七つの論を伝えるが、両者に共通するものは一つもなく、論蔵そのものは[[ぶはぶっきょう|部派仏教]]になってからまとめられたものであることが知られる。
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 [[パーリご|パーリ語]]([[じょうざぶ|上座部]])・漢訳([[せついっさいうぶ|説一切有部]])ともに、基本的な論としてそれぞれ七つの論を伝えるが、両者に共通するものは一つもなく、論蔵そのものは[[ぶはぶっきょう|部派仏教]]になってからまとめられたものであることが知られる。
  
のちになると、大乗・部派を問わず、それぞれの立場からさまざまな論書が作られた。それらの中には、自ら阿毘達磨を名乗るもの(阿毘達磨大毘婆沙論・阿毘達磨倶舎論など)や名乗らないもの、ある特定の経典や論書を依り所とするものや独自の立場から理論を立てて論じたものなど、内容・形式ともにさまざまな形のものが創られた。
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 のちになると、大乗・部派を問わず、それぞれの立場からさまざまな論書が作られた。それらの中には、自ら阿毘達磨を名乗るもの(阿毘達磨大毘婆沙論・阿毘達磨倶舎論など)や名乗らないもの、ある特定の経典や論書を依り所とするものや独自の立場から理論を立てて論じたものなど、内容・形式ともにさまざまな形のものが創られた。

2017年1月6日 (金) 07:03時点における最新版

論書

阿毘達磨」と同じ。

 教義・教理上重要な綱目などを集め、それらについて解釈・解説を施したもの。とともに三蔵を構成している。

 解釈・解説を受ける母胎となる部分を論母(ろんも)といい、この部分は経典などから集められたものであるが、論自体は仏弟子の撰述とされ、この点、仏説・仏制を標榜する経や律とはその立場や性格を異にしている。

 パーリ語(上座部)・漢訳(説一切有部)ともに、基本的な論としてそれぞれ七つの論を伝えるが、両者に共通するものは一つもなく、論蔵そのものは部派仏教になってからまとめられたものであることが知られる。

 のちになると、大乗・部派を問わず、それぞれの立場からさまざまな論書が作られた。それらの中には、自ら阿毘達磨を名乗るもの(阿毘達磨大毘婆沙論・阿毘達磨倶舎論など)や名乗らないもの、ある特定の経典や論書を依り所とするものや独自の立場から理論を立てて論じたものなど、内容・形式ともにさまざまな形のものが創られた。