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+ | の4つである。このうちの第三位、不退転(avaivartika, avinivartanīya)は浄土教では[[しょうじょうじゅ|正定聚]](正性に決定した者 niyatāḥ…samyaktve) と同義に用いる。 | ||
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念仏申さんごとに、罪をほろぼさんと信ぜんは、すでにわれと罪を消して、往生せんとはげむにてこそ候ふなれ。もししからば、一生のあひだおもひとおもふこと、みな生死のきづなにあらざることなければ、いのち尽きんまで念仏退転せずして往生すべし。 〔[[たんにしょう|歎異抄]] p.846〕 | 念仏申さんごとに、罪をほろぼさんと信ぜんは、すでにわれと罪を消して、往生せんとはげむにてこそ候ふなれ。もししからば、一生のあひだおもひとおもふこと、みな生死のきづなにあらざることなければ、いのち尽きんまで念仏退転せずして往生すべし。 〔[[たんにしょう|歎異抄]] p.846〕 |
2021年6月8日 (火) 14:01時点における版
退転
大乗仏教の求道者である菩薩(bodhisattva) の階位は中国天台にいたって五十二位に及んだ。順次に、十信・十住・十行・十回向・十地・等覚・妙覚を云う。しかしインド大乗仏教の初期の段階では、『十地経』(『華厳経十地品』) に説かれる菩薩の十位(ちなみに『十住毘婆沙論』の云う「十住」は『十地経』の十位に等しい)や、それに先立つ『八千頌般若経』の菩薩の四階位などが先駆的なものである。
後者の四階位は、
- 初発意菩薩(初めて大乗に進み入った菩薩)
- 行六波羅蜜菩薩(菩薩の修行を行なう者)
- 不退転菩薩(もはや退転することなく成仏に向う菩薩)
- 一生補処菩薩(もう一生だけ迷界の生存に束縛され、次生に仏陀となる、マイトレーヤのような菩薩)
の4つである。このうちの第三位、不退転(avaivartika, avinivartanīya)は浄土教では正定聚(正性に決定した者 niyatāḥ…samyaktve) と同義に用いる。
修行によって得た境地を失って、より低い境地に転落すること。転じて、精進を怠りなまけること。その反対が「不退転」「不退」である。なお、さらに転じて、一般に衰退すること、特に家がおちぶれて転居することを意味する。
念仏申さんごとに、罪をほろぼさんと信ぜんは、すでにわれと罪を消して、往生せんとはげむにてこそ候ふなれ。もししからば、一生のあひだおもひとおもふこと、みな生死のきづなにあらざることなければ、いのち尽きんまで念仏退転せずして往生すべし。 〔歎異抄 p.846〕