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けんしょだん

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

見所断

darśana-prahātavya: darśana-heya (S)

 見所断法・見断・見道所断ともいう。
 見道で断じられるもの。真理()を見ることによって断じられるもの(煩悩随眠など)。あやまった教えを聞く、よこしまに思考するなどを原因として後天的に身につけた知的な迷い、およびその迷いから起こされる行為をいう。『婆沙論』には見所断法として、八十八随眠と、及び彼と相応する心所法と、彼によって等起される不相応行とが説かれる。

  1. 見苦所断
  2. 見集所断
  3. 見滅所断  
  4. 見道所断

の4種がある。

見所断の煩悩は、理知の面での煩悩であるから、四諦の観知から生起する無漏の智慧によって、たちまち断ち切られる。
 問、見所断法云何。答、随信随法行現観辺忍所断。此復云何。謂、見所断八十八随眠、及彼相応心心所法、彼所等起不相応行、是名見所断法。〔『婆沙』77、T27-397a〕
 見所断義、謂、現観智諦現観、所応断義。〔『瑜伽』56、T30-608c〕
 云何見所断。(中略)謂、分別所起染汚見疑・見処・疑処、及於見等所起邪行・煩悩・随煩悩、及見等所発身語・意業。〔『雑集論』4,T31-711a〕