しねんじゅう

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四念住

catvāri smṛti-upasthānāni (S)

 身念住・受念住・心念住・法念住の4つ。ヨーガ(止観)を修するなかにおいて、止(奢摩他)を修して心が寂静となったあとに、さらに観(毘鉢舎那)の心を起こして身・受・心・法の4つの対象に心を集中して、そのありようを観察すること。

1 身念住
身体を観察して不浄であると智って、浄顛倒(不浄なるものを浄とみるまちがった認識)を退治する。
2 受念住
受(感受作用)を観察して楽受(楽なる感受作用)は苦を生じる原因となると智って、楽顛倒(苦なるものを楽とみるまちがった認識)を退治する。
3 心念住
心を観察して心は無常であると智って、常顛倒(無常なるものを常とみるまちがった認識)を退治する。
4 法念住
法(すべての存在)を観察して、それらはすべては因縁によって生じたものであり無我であると智って、我顛倒(無我なるものを我とみるまちがった認識)を退治する。

 『倶舎論』23〔T29-118c〕では身・受・心・法の4つをそれぞれの自相(それそのもののありよう。たとえば身は四大種所造の色であるというありよう)と共相(すべての存在に共通する無常・苦・空・無我というありよう)とによって観察することが説かれる。
 以上、身・受・心・法の4つを別々に観察する念住を別相念住という。これに対して別相念住を修し終わった後に、4つをまとめて一つの対象として、それが無常・苦・空・無我であると観察する方法を総相念住という。
 また『瑜伽論』51〔T30-582c〕には、四念住を心に還元して、心の執受(感覚を有する身体)、心の領納(苦楽などの感受作用)、心の了別(認識作用)、心の染浄(染汚と清浄)を観察することが、順次、四念住であると唯識的に解釈する説が述べられている。

cf. 『婆沙』187、T27-936c以下