しゅりょうごんきょう
出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』
首楞厳経
zuuraGgamasamaadhi-suutra 具名は『首楞厳三昧経(しゅりょうごんざんまいきょう)』
曇無讖訳の『大般涅槃経』巻4にも言及され、また『大智度論』にはしばしば引用される大乗仏教初期の経典。
サンスクリット原典はわずかな断片以外に伝わっておらず、またしばしば漢訳されたが現存するものは鳩摩羅什訳の2巻のみである。
内容
内容はまず上巻において、王舎城の[[ぎしゃくっせん|耆闍崛山(霊鷲山)中に在します仏世尊に対告衆(たいごうしゅ)堅意(けんい)菩薩が、いかなる三昧を行じたならすみやかに阿耨多羅三藐三菩提(無上正等覚)を得て仏の諸々の功徳を現じながら、しかも「畢竟して涅槃に入らず」に永遠に衆生利益の活動を継続することのできるかを問い、仏がそれに対して、「心を修治すること猶し虚空の如く、現在衆生の諸心を観察し」以下、「大滅度に入りて而も永く滅せず」に至る百の功徳を包含する首楞厳三昧を種々の譬えをもって説く。
さらに下巻においては、魔界行不汚という菩薩が自ら魔宮に行き、悪魔および魔衆中の七百天女などを教化して無上菩提心を発せしめ、仏が悪魔に授記するという因縁を通じて、未来世の非清浄の衆生にも大乗の慈悲が及ぶことを明かす。