むふんべつ

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無分別

akalpa: akalpanā: avikalpanatā: nirvikalpa निऱ्विकल्प (S)

 分別から離れていること、一般的には思考停止状態のこと。
 主体と客体を区別し対象を言葉や概念によって分析的に把握しようとしないこと、この無分別による智慧を「無分別智」あるいは「根本智」と呼び、根本智に基づいた上で対象のさまざまなあり方をとらわれなしに知る智慧を「後得智」と呼ぶ。

 一般には、思慮がない、見さかいがない、わきまえがないなど、悪い意味にも使われる。

 言葉を用いて考えない認識のありようをいう。六識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)でいえば、前の五識の認識のありようをいう。これに対して言葉を用いて考える意識は有分別であるという。cf. 分別有分別
「無分別とは施などに於て遍計所執自性を観ざるを謂う」
「無分別とは是の如き波羅蜜多に於て言詞の如くに自相に執著せざるを謂う」
「眼などの五識は無分別なり」
「無分別とは五識身を謂い、有分別とは意識身を謂う」

 智慧としての無分別。無分別智

 三種の無分別(知足無分別.無顛倒無分別.無戯論無分別)

  1. 知足無分別(saṃtuṣṭi-nirvikalpa) とは、異生の無分別で、無常・苦・無我などという存在の真実のありようを思惟してこの真実は必然であると思って満足してそれ以上の追求をしないこと。
  2. 無顛倒無分別(aviparyāsa-nirvikalpa)とは声聞の無分別で、無常・苦・無我・不浄であるのに逆に常・楽・我・浄であるとみるまちがった認識(顛倒)をなくすために、ただ色・受・想・行・識のみがあると正しく観察するとき、出世間智を得て、無我であるという真理をさとることをいう。
  3. 無戯論無分別(niṣprapañca-nirvikalpa)とは菩薩の無分別で、色・受・想・行・識の五蘊はただ言葉で語られたもの(戯論)であると知って一切の存在の対象のありよう()を滅して一切に遍在する真理(真如)をさとること。

〔『雑集論』14、T31-764c~765a〕