じょうじつしゅう

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成実宗

成実論を研究する学派の呼称。「論家」と呼ぶこともある。

 成実論は、訶梨跋摩(Harivarman,3-4世紀頃)の著作で、主として部派仏教経量部の立場から説一切有部の思想を批判し、また大乗仏教の要素も取り込んでいる。
 梵本、チベット語訳は現存せず、鳩摩羅什による漢訳(411-412)が現存するのみである。書名の意味は、「真実を完成する論」と推定され、その「真実」とは四諦の教えを指すと考えられる。

 中国においては、鳩摩羅什によって成実論が漢訳されると、まず門下によって研究され、しだいに中国の南北両地で盛んに研究されるようになった。特に梁代には、涅槃経を最高の経典とみなす教判の立場にたつ智蔵僧旻法雲の三大法師が、熱心に成実論をも研究し、そのため「成論師」などと呼ばれた。なかでも智蔵は『成実論大義記』『成実論義疏』を著して大きな影響力をもった。
 しかし、こうして梁代に最盛期を迎えた成実論の研究も、法上(495-580)や吉蔵(549-623)によって小乗の論書と規定されるに至り、しだいに衰微していった。成実論の註釈書も、智蔵のそれを含めてすべて散逸して現存せず、後代における断片的な引用が知られるだけである。

 なお、成実宗は、日本へは三論宗とともに中国から伝わり、南都六宗の一つとして活動したが、三論宗の寓宗として研究されるにとどまった。