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(成唯識論)
 
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==成唯識論==
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=成唯識論=
((sanskrit) vidyaamaatrasiddhizaastra विद्यामात्रसिद्धिशास्त्र、(chinese) ch'eng-wei-shih-jun) [[ごほう|護法]]造。[[げんじょう|玄奘]]訳。([[659年]] 唐・顕慶4年12月30日訳了) 略称 ''唯識論''。(大正蔵 vol 31. pp.1)
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((S) vidyāmātrasiddhiśāstra विद्यामात्रसिद्धिशास्त्र、(chinese) ch'eng-wei-shih-jun) [[ごほう|護法]]造。[[げんじょう|玄奘]]訳。(659年 唐・顕慶4年12月30日訳了) 略称 ''唯識論''。(大正蔵 vol 31. pp.1)
  
[[せしん|世親]]の''唯識三十頌'' を注釈したもの。この本は、とくに護法の解釈を中心として、他にも九論師の解釈を取捨して合わせている。つまり正確には、護法の著というより、玄奘の訳ならびに編集、とでも言うべきものと言える。
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 [[せしん|世親]](Vasubandhu)の著作である『[[ゆいしきさんじゅうじゅ|唯識三十頌]]』を註釈したもの。十大論師の註釈のうち、護法の註釈を主とし、他の学者の説を取捨撰択して1論を編集したものである。<br>
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 唐の高宗の顕慶4年(659年)に玄奘が翻訳した。玄奘は、はじめ[[あんね|安慧]]釈や、十大論師の註釈を別々に翻訳しようとしたが、[[じおんだいし|慈恩大師]][[きき|基]が護法の学説を正義として、他説をあわせて1本とすることを玄奘に請願した結果、本書があらわれたと伝えられている。
  
===内容===
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==内容==
初めの五言一頌は帰敬頌、最後の七言一頌は流通分であって、双方とも護法等の釈のものである。<br>あいだの三十頌は世親のものである。この前の二十四頌は[[ゆいしき|唯識]]の相を明かし[[はっしき|八識]][[えんぎ|縁起]][[そう|]]を説いている。第二十五頌は唯識の[[しょう|]]を明かし[[しんにょ|真如]][[|]]体を説き、後の五頌は[[しりょうい|資糧位]][[けぎょうい|加行位]]、[[つうだつい|通達位]]、[[しゅじゅうい|修習位]][[くきょうい|究竟位]][[ごい|五位]]の修行の相を説いている。
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 第1巻と第2巻の初めにおいて、外道説を破し、第2巻の中から第4巻にわたって、[[あらやしき|阿頼耶識]](ālaya-vijñāna)を説明した。阿頼耶識の説明にあたっては、『[[ゆがしじろん|喩伽論]]』『[[しょうだいじょうろん|摂大乗論]]』などを引用して、インド[[ゆがぎょうゆいしきがくは|瑜伽行派]]の学説をのべつつ、護法の立場から解釈した。<br>
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 第4巻から第5巻にわたって、[[まなしき|末那識]](mano-nāma-vijñāna)を説明した。<br>
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 第5巻から第7巻にわたっては、六識を明らかにするとともに、心所説を説き、第7巻から第8巻にわたっては、一切唯識の意義を説明し、第8巻の中から第9巻にわたって、[[さんしょう|三性]][[さんむしょう|三無性]]の思想を説いた。<br>
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 第10巻では唯識の修行の階位である[[ごい|五位]]の相を明らかにした。
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 本書の中には、インド瑜伽行派の他の論師である[[あんね|安慧]]、[[なんだ|難陀]]、[[じんな|陳那]]などの学説が引用され、最後に護法の学説を正義とする立場から、護法の解釈がのべられている。本書は中国[[ほっそうしゅう|法相宗]]の根本書となり、法相宗の学説は、本書にもとづいて形成された。
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 本書の註疏は数多くあるが、もっとも有名なものに、法相宗の開祖慈恩大師基の釈した『成唯識論述記』20巻をはじめ、[[えしょう|慧沼]]や[[ちしゅう|智周]]の註釈書がある。<br>
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 その詳細を知るには、結城令聞『唯識学典籍志』が便利である。なお護法の『成唯識論』の立場を批判したものに、江戸時代の[[ふじゃく|普寂]]・戒定の著書がある。
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==テキスト==
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* 小島恵見編『新編成唯識論』
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* 『新導成唯識論』
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==国訳==
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* 国訳大蔵経 論部10 島地大等訳
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* 国訳一切経 瑜伽部7 加藤精神訳
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* プサン Louis de la Vallée Poussin のフランス語訳は、『vijJaptimaatrataasiddhi, La Siddhi de Hiuan-Tsang』1928年,パリ
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==研究==
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 普寂・戒定の学説にもとづいて、護法を批判した
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* 宇井伯寿『印度哲学研究』第5所収の諸論文
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安慧の梵文『唯識三十頌釈疏』の和訳と、護法の『成唯識論』とを比較対照したもの
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* 宇井伯寿『唯識三十頌釈論』
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#唯識

2023年4月15日 (土) 16:05時点における最新版

成唯識論

((S) vidyāmātrasiddhiśāstra विद्यामात्रसिद्धिशास्त्र、(chinese) ch'eng-wei-shih-jun) 護法造。玄奘訳。(659年 唐・顕慶4年12月30日訳了) 略称 唯識論。(大正蔵 vol 31. pp.1)

 世親(Vasubandhu)の著作である『唯識三十頌』を註釈したもの。十大論師の註釈のうち、護法の註釈を主とし、他の学者の説を取捨撰択して1論を編集したものである。
 唐の高宗の顕慶4年(659年)に玄奘が翻訳した。玄奘は、はじめ安慧釈や、十大論師の註釈を別々に翻訳しようとしたが、慈恩大師[[きき|基]が護法の学説を正義として、他説をあわせて1本とすることを玄奘に請願した結果、本書があらわれたと伝えられている。

内容

 第1巻と第2巻の初めにおいて、外道説を破し、第2巻の中から第4巻にわたって、阿頼耶識(ālaya-vijñāna)を説明した。阿頼耶識の説明にあたっては、『喩伽論』『摂大乗論』などを引用して、インド瑜伽行派の学説をのべつつ、護法の立場から解釈した。
 第4巻から第5巻にわたって、末那識(mano-nāma-vijñāna)を説明した。
 第5巻から第7巻にわたっては、六識を明らかにするとともに、心所説を説き、第7巻から第8巻にわたっては、一切唯識の意義を説明し、第8巻の中から第9巻にわたって、三性三無性の思想を説いた。
 第10巻では唯識の修行の階位である五位の相を明らかにした。


 本書の中には、インド瑜伽行派の他の論師である安慧難陀陳那などの学説が引用され、最後に護法の学説を正義とする立場から、護法の解釈がのべられている。本書は中国法相宗の根本書となり、法相宗の学説は、本書にもとづいて形成された。

 本書の註疏は数多くあるが、もっとも有名なものに、法相宗の開祖慈恩大師基の釈した『成唯識論述記』20巻をはじめ、慧沼智周の註釈書がある。
 その詳細を知るには、結城令聞『唯識学典籍志』が便利である。なお護法の『成唯識論』の立場を批判したものに、江戸時代の普寂・戒定の著書がある。

テキスト

  • 小島恵見編『新編成唯識論』
  • 『新導成唯識論』

国訳

  • 国訳大蔵経 論部10 島地大等訳
  • 国訳一切経 瑜伽部7 加藤精神訳


  • プサン Louis de la Vallée Poussin のフランス語訳は、『vijJaptimaatrataasiddhi, La Siddhi de Hiuan-Tsang』1928年,パリ

研究

 普寂・戒定の学説にもとづいて、護法を批判した

  • 宇井伯寿『印度哲学研究』第5所収の諸論文
安慧の梵文『唯識三十頌釈疏』の和訳と、護法の『成唯識論』とを比較対照したもの
  • 宇井伯寿『唯識三十頌釈論』
  1. 唯識