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「うけん・むけん」の版間の差分

出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

(有見・無見)
(有見・無見)
 
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=有見・無見=
 
=有見・無見=
== sanidarśana,anidarśana ==
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== sanidarśana सनिदर्शन,anidarśana अनिदर्शन ==
  
 
 [[げんじょう|玄奘]]は「有見・無見」と訳しているが、[[しんたい|真諦]]は「有顕・無顕」と訳している。<br>
 
 [[げんじょう|玄奘]]は「有見・無見」と訳しているが、[[しんたい|真諦]]は「有顕・無顕」と訳している。<br>

2024年3月22日 (金) 14:53時点における最新版

有見・無見

sanidarśana सनिदर्शन,anidarśana अनिदर्शन

 玄奘は「有見・無見」と訳しているが、真諦は「有顕・無顕」と訳している。
 物体として明確に指示できるものと、そうでないもののことをいう。十八界のなかでは物質()のみが有見で、他はすべて無見とされる。

有無の二見

 「すべてのものは存在する」という考えかたと、「すべてのものは存在しない」という考えかた。これらは有無の二見とも言われる偏見のことである。断見・常見とならんで二つの極端な考えかた(二辺)の代表である。
 このいずれからも離れ自由な立場に立つことが中道、すなわち「」の実践と呼ばれる。


有顕・無顕

上記参照