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− | + | わが国では、古くからの習俗と混交して、3月の春分と9月の秋分にそれぞれ7日間行われる「彼岸会(ひがんえ)」のことを指す。 | |
− | + | なお、[[ぼさつ|菩薩]]の修行徳目であるさまざまな修行の完成である[[はらみつ|波羅蜜]](pāramitā)は、「[[とうひがん|到彼岸]]」とか「[[ど|度]](渡)」と漢訳されることもある。 |
2019年1月16日 (水) 08:10時点における版
彼岸
pārimaṃ पारिमँ、tīraṃ तीरँ、paryavasāna पर्यवसान (skt.)
かなたの岸、目指す理想の境地のこと。
煩悩の激流ないし海の「此岸(しがん)」から、修行によってそれを渡り切った向こう岸、つまり輪廻を超えた涅槃の境地のこと。
わが国では、古くからの習俗と混交して、3月の春分と9月の秋分にそれぞれ7日間行われる「彼岸会(ひがんえ)」のことを指す。
なお、菩薩の修行徳目であるさまざまな修行の完成である波羅蜜(pāramitā)は、「到彼岸」とか「度(渡)」と漢訳されることもある。