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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

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āvaraṇa­­-traya आवरणत्रय (skt)
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 正道を障碍し、善心を害するもの。これに3つある。「惑業苦」のこと。
 
 正道を障碍し、善心を害するもの。これに3つある。「惑業苦」のこと。

2019年11月25日 (月) 16:46時点における版

三性

善・悪・無記

 法の性質を宗教倫理的価値の点から分類したもので,善・悪・無記(善でも悪でもないもの)の3をいう。

唯識の三性

trayaḥ-svabhāvaḥ, svabhāva-traya, svabhāvas tri-vidhaḥ (skt.)

即依此三性、立彼三無性、故仏密意説、一切法無性、初即相無性、次無自然性、後由遠離前、所執我法性    〔唯識三十頌23,24 T31 p.61a〕

 唯識法相宗の教義で、遍計所執性依他起性円成実性をいう。諸法のとらえ方について3種に分類したもの。

  • 遍計所執性とは、まったく(遍く)分別(計)せられ、しかも実体あるものとして執着された性質ということであり、概念的構想によって実体のあるごとく妄想されたものをいう。
  • 依他起性とは,他に依って起る性質ということであって、因縁によって生起するものをいう。それは固定した実体はなく、ただ現象としてあらわれているものである。
  • 円成実性は、完全(円成)にして真実なる性質ということであり、諸法の真如をさす。

三無性

 それは現象に内在して顕現する普遍的真理であるが、それ自体は現象すなわち因縁生起を超越したものである。三性は、順次に(実質)・(生起)・勝義(究極的真理)という点においてそれぞれ無自性(固定的実体を持たない)であるが、これを三無性という。
 認識論的には、遍計所執性は対象世界()、依他起性は主観的認識作用()、円成実性は主観・客観の対立を滅した絶対無二の境地をいうと解する説も行われている。

  1. 相無性とは遍計所執性の否定的側面をいい、言葉でとらえられたもの(相)には実体性がないことをいう。
  2. 生無性とは依他起性の否定的側面をいい、他の縁によって生起したものは自らの力で生じたものではないことをいう。
  3. 勝義無性は円成実性の否定的側面をいう。円成実性はあらゆる存在の究極の真理であり、そのような真理は、最高の価値をもつもの、すなわち勝義であるから、また、勝義においては、すべての実体的なるものが存在しない、すなわち無性であるから、円成実性を勝義無性という。

三障

āvaraṇa­­-traya आवरणत्रय (skt)

 正道を障碍し、善心を害するもの。これに3つある。「惑業苦」のこと。

  1. 煩悩障‥‥‥‥‥‥貪欲・瞋恚・愚痴などの惑
  2. 業障(ごっしょう)‥五逆十悪の業
  3. 報障‥‥‥‥‥‥‥地獄・餓鬼・畜生などの苦報
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