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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

(六入)
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ろくにゅう、SaD-aayatana षडायतन(sanskrit)
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<big>ṣaḍ-āyatana षडायतन</big> (S)
  
これは[[くやく|旧訳]]であり、「六入処(ろくにゅうしょ)」ともいい、[[しんやく|新訳]]では'''六処'''(ろくしょ)と訳す。<br>
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 これは[[くやく|旧訳]]であり、「六入処(ろくにゅうしょ)」ともいい、[[しんやく|新訳]]では'''六処'''(ろくしょ)と訳す。<br>
「入」(aayatana)とは入って来るところ、あるいは入って来るものの意味である。前者の意味では、外界の認識の対象がそこから入って来る器官として[[ろっこん|六根]]を指し、後者の意味では、外界における認識の対象として[[きょう|六境]]を指す。<br>
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 「入」(āyatana)とは入って来るところ、あるいは入って来るものの意味である。前者の意味では、外界の認識の対象がそこから入って来る器官として[[ろっこん|六根]]を指し、後者の意味では、外界における認識の対象として[[きょう|六境]]を指す。<br>
六根を「六内入」(ろくないにゅう)「六内処」(ろくないしょ)、六境を「六外入」(ろくげにゅう)「六外処」(ろくげしょ)といい、合わせて'''十二入'''、'''十二処'''とする。これに'''六識'''を加えたのが'''十八界'''である。
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 眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根の6つの根(器官)をいう。十二処のなかの6の内処をいう。六根を「六内入」(ろくないにゅう)「六内処」(ろくないしょ)、六境を「六外入」(ろくげにゅう)「六外処」(ろくげしょ)といい、合わせて'''十二入'''、'''十二処'''とする。これに'''六識'''を加えたのが'''十八界'''である。
  
'''六入'''は、[[じゅうにいんねん|十二因縁]]の第5番目として説かれているが、これは「六内入」すなわち「六根」である。
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 '''六入'''は、[[じゅうにいんねん|十二因縁]]の第5番目として説かれているが、これは「六内入」すなわち「六根」である。
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 [[じゅうにえんぎ|十二縁起]]の一契機としての'''六処'''。十二縁起のなかの第5番目の契機。<br>
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 〈有部〉の三世両重の因果説によれば、母体のなかの胎児が眼などの器官を生じおわって、いまだ器官([[こん|根]])と対象([[きょう|境]])と認識作用([[しき|識]])とが結合しない間の段階をいう。<br>
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 〈唯識〉の二世一重の因果説によれば、未来に[[いじゅく|異熟]][[むき|無記]]の眼根などの[[ろっこん|六根]]を生じる[[しゅうじ|種子]]をいう。
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:眼等已生、至根境識未和合位、得六処名。〔『倶舎』9,T29-48b〕
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:六処支、唯内六処。此唯取彼異熟種故。即五色根、及前六識若有異熟居過去世、説為意也。〔『述記』8本、T43-519b〕

2023年12月18日 (月) 10:21時点における最新版

六入

ṣaḍ-āyatana षडायतन (S)

 これは旧訳であり、「六入処(ろくにゅうしょ)」ともいい、新訳では六処(ろくしょ)と訳す。
 「入」(āyatana)とは入って来るところ、あるいは入って来るものの意味である。前者の意味では、外界の認識の対象がそこから入って来る器官として六根を指し、後者の意味では、外界における認識の対象として六境を指す。
 眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根の6つの根(器官)をいう。十二処のなかの6の内処をいう。六根を「六内入」(ろくないにゅう)「六内処」(ろくないしょ)、六境を「六外入」(ろくげにゅう)「六外処」(ろくげしょ)といい、合わせて十二入十二処とする。これに六識を加えたのが十八界である。

 六入は、十二因縁の第5番目として説かれているが、これは「六内入」すなわち「六根」である。

 十二縁起の一契機としての六処。十二縁起のなかの第5番目の契機。
 〈有部〉の三世両重の因果説によれば、母体のなかの胎児が眼などの器官を生じおわって、いまだ器官()と対象()と認識作用()とが結合しない間の段階をいう。
 〈唯識〉の二世一重の因果説によれば、未来に異熟無記の眼根などの六根を生じる種子をいう。

眼等已生、至根境識未和合位、得六処名。〔『倶舎』9,T29-48b〕
六処支、唯内六処。此唯取彼異熟種故。即五色根、及前六識若有異熟居過去世、説為意也。〔『述記』8本、T43-519b〕