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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

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<big>Mahāprajñāpāramitopadeśa (-śāstra)</big> महाप्रज्ञापारमितॉपदॆश शास्त्र (S)、[[りゅうじゅ|龍樹]]著、100巻、[[くまらじゅう|鳩摩羅什]]訳、大25-1<br>
 
<big>Mahāprajñāpāramitopadeśa (-śāstra)</big> महाप्रज्ञापारमितॉपदॆश शास्त्र (S)、[[りゅうじゅ|龍樹]]著、100巻、[[くまらじゅう|鳩摩羅什]]訳、大25-1<br>
 
異名:摩訶般若釈論、大智釈論、大論、智度論、智論、釈論
 
異名:摩訶般若釈論、大智釈論、大論、智度論、智論、釈論
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 帰敬偈は以下のようにある。<br>
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    智度大道佛從來 智度大海佛窮盡    <br>
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    智度相義佛無礙 稽<sub>2</sub>首智度無等佛<sub>1</sub>    <br>
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    有無二見滅無<sub>レ</sub>餘 諸法實相佛所説    <br>
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    常住不壞淨<sub>2</sub>煩惱<sub>1</sub> 稽<sub>R</sub>首佛所<sub>2</sub>尊重<sub>1</sub>法<sub>L</sub>    <br>
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    聖衆大海行<sub>2</sub>福田<sub>1</sub> 學無學人以莊嚴    <br>
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    後有愛種永已盡 我所既滅根亦除    <br>
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    智慧第一舍利弗 無諍空行須菩提    <br>
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    願諸大徳聖智人 一心善順聽<sub>2</sub>我説<sub>1</sub>    〔T25.57c〕<br>
  
 
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 龍樹菩薩が、なぜ『智度論』を説いたのかということに対しては、次のように答えている。
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  きっと何か重大な理由があるからこそ、仏は『般若波羅蜜経』をお説きになったに違いないと考えるのです。
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  答えていう。仏は小乗の諸経典(三蔵)中において、広く種々のたとえを引いて声聞たちのためにその教えをお説きになったが、菩薩の道を説かれることはなかった。ただ『中阿含本末経』の中で、仏は、弥勒菩薩に予言なさって、「汝は、将来の世において弥勒と呼ばれる仏となることができるであろう」とおっしゃっているだけである。しかしながら、種々の菩薩の行いについては、どこにもお説きになってはいない。そこで、仏はいま弥勒などに対して広く諸々の菩薩の行いについて述べようとなされるのである。
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さらに、念仏三昧の菩薩について
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 念仏三昧を修めようとする菩薩がいる。仏は、かれらがこの三昧において、より一層完成に近づくようにと、『般若波羅蜜経』をお説きになったのである。
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===原典問題===
 
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 現在、漢訳だけ伝わっており、サンスクリット本もチベット本も伝わっていない。<br>
 
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===内容===
 
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学説、思想、用例、伝説、歴史、地理、実践規定、僧伽などについて詳説し、部派の経典や論書、初期大乗仏教の[[ほっけきょう|法華経]]、[[けごんきょう|華厳経]]など、さらに[[ヴァイシェーシカ]]学派などのインド哲学の思想も引用されている。<br>
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 学説、思想、用例、伝説、歴史、地理、実践規定、僧伽などについて詳説し、部派の経典や論書、初期大乗仏教の[[ほっけきょう|法華経]]、[[けごんきょう|華厳経]]など、さらに[[ヴァイシェーシカ]]学派などのインド哲学の思想も引用されている。<br>
以上のような内容なので仏教百科全書の様な扱いを受けることがしばしばある。しかし、あくまでも[[はんにゃ|般若]][[くう|空]]の立場を貫いており、すべてを否定することによって「空」を説こうとした[[ちゅうろん|中論]]とは違って、[[しょほう|諸法]][[じっそう|実相]]を積極的に肯定して解釈し、大乗の[[ぼさつどう|菩薩道]]や[[ろっぱらみつ|六波羅蜜]]などの実践面について詳しく解釈している。<br>
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 以上のような内容なので仏教百科全書の様な扱いを受けることがしばしばある。しかし、あくまでも[[はんにゃ|般若]][[くう|空]]の立場を貫いており、すべてを否定することによって「空」を説こうとした[[ちゅうろん|中論]]とは違って、[[しょほう|諸法]][[じっそう|実相]]を積極的に肯定して解釈し、大乗の[[ぼさつどう|菩薩道]]や[[ろっぱらみつ|六波羅蜜]]などの実践面について詳しく解釈している。<br>
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===影響===
 
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このように'''龍樹'''以前の仏教関係の学説に関係することがすべて網羅されているので、これ以降の大乗仏教の諸説は本書を中心にして展開されていった。これによって'''龍樹'''を「八宗の祖師」と呼ぶ要因となったといえる。
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 このように'''龍樹'''以前の仏教関係の学説に関係することがすべて網羅されているので、これ以降の大乗仏教の諸説は本書を中心にして展開されていった。これによって'''龍樹'''を「八宗の祖師」と呼ぶ要因となったといえる。
 
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本書の所説により、[[ゆいしき|唯識]]が体系付けられる重要な拠点となった。[[だいじょうきしんろん|大乗起信論]]に説かれる[[しんにょ|真如]]も、本書に説かれた'''空'''と[[ちゅうどう|中道]]とに依っている。さらに、本書の[[ぶっしん|仏身]]観、ことに[[ほっしん|法身]]観は[[みっきょう|密教]]思想の先駆をなして、[[しんごん|真言]][[だらに|陀羅尼]]の母胎となっている。<br>
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 本書の所説により、[[ゆいしき|唯識]]が体系付けられる重要な拠点となった。[[だいじょうきしんろん|大乗起信論]]に説かれる[[しんにょ|真如]]も、本書に説かれた'''空'''と[[ちゅうどう|中道]]とに依っている。さらに、本書の[[ぶっしん|仏身]]観、ことに[[ほっしん|法身]]観は[[みっきょう|密教]]思想の先駆をなして、[[しんごん|真言]][[だらに|陀羅尼]]の母胎となっている。<br>
浄土思想にとっては、同じ龍樹の[[じゅうじゅうびばしゃろん|十住毘婆沙論]]の[[いぎょうぼん|易行品]]がその根幹を成しているが、本書の[[あみだ|阿弥陀]][[ぶっこくど|仏国土]]に対する称賛も重要な為義を持っている。
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 浄土思想にとっては、同じ龍樹の[[じゅうじゅうびばしゃろん|十住毘婆沙論]]の[[いぎょうぼん|易行品]]がその根幹を成しているが、本書の[[あみだ|阿弥陀]][[ぶっこくど|仏国土]]に対する称賛も重要な為義を持っている。
 
====中国====
 
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本書が漢訳されて以来、『般若経』研究は本書の体系に添った形で行われることとなった。ことに、南北朝・隋・唐にかけて盛んに研究が行われた。<br>
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 本書が漢訳されて以来、『般若経』研究は本書の体系に添った形で行われることとなった。ことに、南北朝・隋・唐にかけて盛んに研究が行われた。<br>
ことに鳩摩羅什門下の[[そうじょう|僧肇]]・[[どうゆう|道融]]の系統は、[[ちゅうろん|中論]]・[[ひゃくろん|百論]]・[[じゅうにもんろん|十二門論]]の[[さんろん|三論]]とあわせて「四論学派」を起した。<br>
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 ことに鳩摩羅什門下の[[そうじょう|僧肇]]・[[どうゆう|道融]]の系統は、[[ちゅうろん|中論]]・[[ひゃくろん|百論]]・[[じゅうにもんろん|十二門論]]の[[さんろん|三論]]とあわせて「四論学派」を起した。<br>
天台の[[えもん|慧文]]は、本書所説の「一心三智」の実践的把握を行い、後の[[えじ|慧思]]・[[ちぎ|智顗]]にいたる天台教学の大成に大きな影響を与えた。<br>
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 天台の[[えもん|慧文]]は、本書所説の「一心三智」の実践的把握を行い、後の[[えじ|慧思]]・[[ちぎ|智顗]]にいたる天台教学の大成に大きな影響を与えた。<br>
[[けごんしゅう|華厳宗]]の大成者[[ほうぞう|法蔵]]は、本書所説の「不共般若(ふぐうはんにゃ)」を明確にした。これは、本書に散見される『華厳経』の研究に依るところが大きい。
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 [[けごんしゅう|華厳宗]]の大成者[[ほうぞう|法蔵]]は、本書所説の「不共般若(ふぐうはんにゃ)」を明確にした。これは、本書に散見される『華厳経』の研究に依るところが大きい。
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===テキスト===
 
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*[[たいしょうしんしゅうだいぞうきょう|大正蔵]] [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&useid=1509_ 大智度論 龍樹造 鳩摩羅什譯]
 
*[[たいしょうしんしゅうだいぞうきょう|大正蔵]] [http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&useid=1509_ 大智度論 龍樹造 鳩摩羅什譯]

2022年12月31日 (土) 16:06時点における最新版

大智度論

Mahāprajñāpāramitopadeśa (-śāstra) महाप्रज्ञापारमितॉपदॆश शास्त्र (S)、龍樹著、100巻、鳩摩羅什訳、大25-1
異名:摩訶般若釈論、大智釈論、大論、智度論、智論、釈論

 帰敬偈は以下のようにある。
    智度大道佛從來 智度大海佛窮盡    
    智度相義佛無礙 稽2首智度無等佛1    
    有無二見滅無餘 諸法實相佛所説    
    常住不壞淨2煩惱1 稽R首佛所2尊重1L    
    聖衆大海行2福田1 學無學人以莊嚴    
    後有愛種永已盡 我所既滅根亦除    
    已捨2世間諸事業1 種種功徳所住處    
    一切衆中最爲上 稽2首眞淨大徳僧1    
    一心恭2敬三寶1已 及諸救世彌勒等    
    智慧第一舍利弗 無諍空行須菩提    
    我今如力欲2説 大智彼岸實相義1    
    願諸大徳聖智人 一心善順聽2我説1    〔T25.57c〕

大乗仏教の初期の論書の一つであり、大品般若経を逐条的に解釈した注釈書である。
 龍樹菩薩が、なぜ『智度論』を説いたのかということに対しては、次のように答えている。

 きっと何か重大な理由があるからこそ、仏は『般若波羅蜜経』をお説きになったに違いないと考えるのです。
 答えていう。仏は小乗の諸経典(三蔵)中において、広く種々のたとえを引いて声聞たちのためにその教えをお説きになったが、菩薩の道を説かれることはなかった。ただ『中阿含本末経』の中で、仏は、弥勒菩薩に予言なさって、「汝は、将来の世において弥勒と呼ばれる仏となることができるであろう」とおっしゃっているだけである。しかしながら、種々の菩薩の行いについては、どこにもお説きになってはいない。そこで、仏はいま弥勒などに対して広く諸々の菩薩の行いについて述べようとなされるのである。

さらに、念仏三昧の菩薩について

 念仏三昧を修めようとする菩薩がいる。仏は、かれらがこの三昧において、より一層完成に近づくようにと、『般若波羅蜜経』をお説きになったのである。 

原典問題

 現在、漢訳だけ伝わっており、サンスクリット本もチベット本も伝わっていない。
 また、僧叡の序文や後書きによれば、原典を全訳すれば現在の本の約10倍になるので、『大品般若経』の初品にあたる34巻だけを全訳し、以下は抄録して100巻に止めたということである。

内容

 学説、思想、用例、伝説、歴史、地理、実践規定、僧伽などについて詳説し、部派の経典や論書、初期大乗仏教の法華経華厳経など、さらにヴァイシェーシカ学派などのインド哲学の思想も引用されている。
 以上のような内容なので仏教百科全書の様な扱いを受けることがしばしばある。しかし、あくまでも般若の立場を貫いており、すべてを否定することによって「空」を説こうとした中論とは違って、諸法実相を積極的に肯定して解釈し、大乗の菩薩道六波羅蜜などの実践面について詳しく解釈している。

影響

 このように龍樹以前の仏教関係の学説に関係することがすべて網羅されているので、これ以降の大乗仏教の諸説は本書を中心にして展開されていった。これによって龍樹を「八宗の祖師」と呼ぶ要因となったといえる。

インド

 本書の所説により、唯識が体系付けられる重要な拠点となった。大乗起信論に説かれる真如も、本書に説かれた中道とに依っている。さらに、本書の仏身観、ことに法身観は密教思想の先駆をなして、真言陀羅尼の母胎となっている。
 浄土思想にとっては、同じ龍樹の十住毘婆沙論易行品がその根幹を成しているが、本書の阿弥陀仏国土に対する称賛も重要な為義を持っている。

中国

 本書が漢訳されて以来、『般若経』研究は本書の体系に添った形で行われることとなった。ことに、南北朝・隋・唐にかけて盛んに研究が行われた。
 ことに鳩摩羅什門下の僧肇道融の系統は、中論百論十二門論三論とあわせて「四論学派」を起した。
 天台の慧文は、本書所説の「一心三智」の実践的把握を行い、後の慧思智顗にいたる天台教学の大成に大きな影響を与えた。
 華厳宗の大成者法蔵は、本書所説の「不共般若(ふぐうはんにゃ)」を明確にした。これは、本書に散見される『華厳経』の研究に依るところが大きい。

テキスト

注釈書