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出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』

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==無量寿経==
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=無量寿経=
[[だいじようぶってん|大乗仏典]]の一つ。原題は[[サンスクリット]]で『スカーバティービューハ、Sukhaavatiivyuuha(極楽の荘厳)』。サンスクリットでは同タイトルの''[[あみだきょう|阿弥陀経]]'' と区別して、「大スカーバティービューハ」とも呼ぶ。漢訳は『無量寿経』『大経』『双巻経』とも呼ばれる。<br>[[じょうどきょう|浄土教]]の根本聖典の一つで、''[[かんむりょうじゅきょう|観無量寿経]]''、''[[あみだきょう|阿弥陀経]]''とともに[[じょうどさんぶきょう|浄土三部経]]と呼ばれる。サンスクリット原典、チベット語訳、および5種の漢訳が現存する。
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 [[だいじようぶってん|大乗仏典]]の一つ。原題は[[サンスクリット]]で『スカーバティービューハ、<big>Sukhāvatīvyūha</big>(極楽の荘厳)』。サンスクリットでは同タイトルの''[[あみだきょう|阿弥陀経]]'' と区別して、「大スカーバティービューハ」とも呼ぶ。漢訳は『無量寿経』『大経』『双巻経』とも呼ばれる。<br>
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 [[じょうどきょう|浄土教]]の根本聖典の一つで、''[[かんむりょうじゅきょう|観無量寿経]]''、''[[あみだきょう|阿弥陀経]]''とともに[[じょうどさんぶきょう|浄土三部経]]と呼ばれる。サンスクリット原典、チベット語訳、および5種の漢訳が現存する。
 
====漢訳====
 
====漢訳====
*漢訳 [[しるかせん|支婁迦讖]]訳 ''仏説無量清浄平等覚経''
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# 阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経(大阿弥陀経)2巻、[[しけん|支謙]]訳 (222-228年)
*呉訳 [[しけん|支謙]]訳         ''仏説阿弥陀経''
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# 無量清浄平等覚経 4巻、[[しるかせん|支婁迦讖]]訳(実際は、帛延(または白延)訳)(258年)
*魏訳 [[こうそうがい|康僧鎧]]訳 ''仏説無量寿経''
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# 仏説無量寿経 2巻、[[こうそうがい|康僧鎧]]訳(実際は、晋・仏陀賊陀羅と劉宋・宝雲の共訳(421年))
*唐訳 [[ぼだいるし|菩提流支]]訳 ''無量寿如来会''(''大宝積経''の一部)
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# 無量寿如来会 2巻(大宝積経の第5会)[[ぼだいるし|菩提流支]]訳(706-713年)
*宋訳 [[ほっけん|法賢]]訳         ''仏説大乗無量寿荘厳経''
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# 大乗無量寿荘厳経 3巻、[[ほっけん|法賢]]訳(991年)
::前訳に関しては訳者に疑問がもたれている。一般に用いられるのは魏訳である。また、他にも7つの異訳本があったとされているが、現在は欠本となっている。
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 前訳に関しては訳者に疑問がもたれている。一般に用いられるのは魏訳である。また、他にも7つの異訳本があったとされているが、現在は欠本となっている。
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====内容====
 
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序分に、[[おうしゃじょう|王舎城]]の[[ぎしゃくっせん|耆闍崛山]]において、すぐれた比丘や菩薩たちに対して、[[しゃか|釈迦]]が五徳の瑞相をあらわし説かれた。<br>
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 序分に、[[おうしゃじょう|王舎城]]の[[ぎしゃくっせん|耆闍崛山]]において、すぐれた比丘や菩薩たちに対して、[[しゃか|釈迦]]が五徳の瑞相をあらわし説かれた。<br>
正宗分には、法蔵菩薩が発願し修行して[[あみだぶつ|阿弥陀仏]]となった仏願の始終が説かれる。諸仏の[[じょうど|浄土]]の中から[[あんにょう|安養]]の浄土を選び、[[しじゅうはちがん|四十八願]]が説かれる。なかでも、[[だいじゅうはちがん|第十八願]]は「十方世界の衆生が心を専一にして([[ししん|至心]])深く信じ喜び([[しんぎょう|信楽]])極楽に往生したいと願い([[よくしょう|欲生]])、わずか10回でも心を起こす([[じゅうねん|十念]])ならば、必ず極楽に往生できる」と説いている。この願と行が成就して'''阿弥陀仏'''となってから十劫を経ているという。下巻には、第十八願が成就し衆生は'''阿弥陀仏'''の[[みょうごう|名号]]を聞信する一念に往生が定まると述べ、さらに浄土に往生した聖衆の徳を説く。<br>
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 正宗分には、法蔵菩薩が発願し修行して[[あみだぶつ|阿弥陀仏]]となった仏願の始終が説かれる。諸仏の[[じょうど|浄土]]の中から[[あんにょう|安養]]の浄土を選び、[[しじゅうはちがん|四十八願]]が説かれる。なかでも、[[だいじゅうはちがん|第十八願]]は「十方世界の衆生が心を専一にして([[ししん|至心]])深く信じ喜び([[しんぎょう|信楽]])極楽に往生したいと願い([[よくしょう|欲生]])、わずか10回でも心を起こす([[じゅうねん|十念]])ならば、必ず極楽に往生できる」と説いている。この願と行が成就して'''阿弥陀仏'''となってから十劫を経ているという。下巻には、第十八願が成就し衆生は'''阿弥陀仏'''の[[みょうごう|名号]]を聞信する一念に往生が定まると述べ、さらに浄土に往生した聖衆の徳を説く。<br>
次に釈迦は[[みろくぼさつ|弥勒菩薩]]に対して、穢土の様相を三毒、五悪と示し誡め、浄土への[[おうじょう|往生]]を願うよう勧める。<br>
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 次に釈迦は[[みろくぼさつ|弥勒菩薩]]に対して、穢土の様相を三毒、五悪と示し誡め、浄土への[[おうじょう|往生]]を願うよう勧める。<br>
流通分には、無上功徳の名号を受持せよとすすめ、聖道の法が滅しても、この経だけは留めおいて人々を救いつづけると説いて終る。<br>
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 流通分には、無上功徳の名号を受持せよとすすめ、聖道の法が滅しても、この経だけは留めおいて人々を救いつづけると説いて終る。<br>
 
====魏訳の特徴====
 
====魏訳の特徴====
現行流布している巍訳の''無量寿経'' では、「自然」「無為」「清浄」など、魏晋時代の老荘ないし道教と共通する用語が多く見えるなど、道教の影響が強く反映していると考えられている。
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 現行流布している巍訳の''無量寿経'' では、「自然」「無為」「清浄」など、魏晋時代の老荘ないし道教と共通する用語が多く見えるなど、道教の影響が強く反映していると考えられている。

2025年1月31日 (金) 11:16時点における最新版

無量寿経

 大乗仏典の一つ。原題はサンスクリットで『スカーバティービューハ、Sukhāvatīvyūha(極楽の荘厳)』。サンスクリットでは同タイトルの阿弥陀経 と区別して、「大スカーバティービューハ」とも呼ぶ。漢訳は『無量寿経』『大経』『双巻経』とも呼ばれる。
 浄土教の根本聖典の一つで、観無量寿経阿弥陀経とともに浄土三部経と呼ばれる。サンスクリット原典、チベット語訳、および5種の漢訳が現存する。

漢訳

  1. 阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経(大阿弥陀経)2巻、支謙訳 (222-228年)
  2. 無量清浄平等覚経 4巻、支婁迦讖訳(実際は、帛延(または白延)訳)(258年)
  3. 仏説無量寿経 2巻、康僧鎧訳(実際は、晋・仏陀賊陀羅と劉宋・宝雲の共訳(421年))
  4. 無量寿如来会 2巻(大宝積経の第5会)菩提流支訳(706-713年)
  5. 大乗無量寿荘厳経 3巻、法賢訳(991年)

 前訳に関しては訳者に疑問がもたれている。一般に用いられるのは魏訳である。また、他にも7つの異訳本があったとされているが、現在は欠本となっている。

内容

 序分に、王舎城耆闍崛山において、すぐれた比丘や菩薩たちに対して、釈迦が五徳の瑞相をあらわし説かれた。
 正宗分には、法蔵菩薩が発願し修行して阿弥陀仏となった仏願の始終が説かれる。諸仏の浄土の中から安養の浄土を選び、四十八願が説かれる。なかでも、第十八願は「十方世界の衆生が心を専一にして(至心)深く信じ喜び(信楽)極楽に往生したいと願い(欲生)、わずか10回でも心を起こす(十念)ならば、必ず極楽に往生できる」と説いている。この願と行が成就して阿弥陀仏となってから十劫を経ているという。下巻には、第十八願が成就し衆生は阿弥陀仏名号を聞信する一念に往生が定まると述べ、さらに浄土に往生した聖衆の徳を説く。
 次に釈迦は弥勒菩薩に対して、穢土の様相を三毒、五悪と示し誡め、浄土への往生を願うよう勧める。
 流通分には、無上功徳の名号を受持せよとすすめ、聖道の法が滅しても、この経だけは留めおいて人々を救いつづけると説いて終る。

魏訳の特徴

 現行流布している巍訳の無量寿経 では、「自然」「無為」「清浄」など、魏晋時代の老荘ないし道教と共通する用語が多く見えるなど、道教の影響が強く反映していると考えられている。