はんにゃ
出典: フリー仏教百科事典『ウィキダルマ(WikiDharma)』
般若思想
般若(prajñā (S)、paññā (P))とは、対象を分析して判断する認識作用である識(vijñāna)を超え、瞬時に存在全体の本質をありのままに、直観的に正しく把握する真実の智慧・叡智の意味であり、最も深い意味での理性ともいうべきものである。
この般若によって仏陀となりうるので仏母(ぶつも)とも呼ばれる。また、初期仏教においては、この智慧の獲得が、絶対寂静の境地である涅槃(nibbāna)そのものであるとして重視された。
初期仏教において、この般若を重視する思想は、やがて初期大乗仏教の先駆的経典である『般若経』に継承され、その根幹的な思想である般若波羅蜜(prajñāpāramitā)となって展開される。
『般若経』の説くところによれば、仏陀のさとりを求め、同時に生きとし生けるものの救済を誓願とする菩薩(bodhisattva, 求道者)の修行徳目である六波羅蜜のうちで、この般若波羅蜜は最も重要な修行徳目であるとされる。そしてそれは実践を通じて達成され、しだいに深まりゆくと考えられている。そしてまた、真実の智慧である般若の獲得は、同時に生きとし生けるものに対する無限にして無私の慈悲心のはたらきに転化するとされる。また、菩薩が仏陀のこのうえなきさとりを求めるのは、とりも直さず完全な救済能力の完成をめざしているといわれている。
『般若経』に展開される般若波羅蜜の特徴は何ものにも執われないこと(無執着)であるとされ、この意味において、初期仏教以来の空思想、さらには実践道としての空観と深く関連しているといえる。
また、この般若波羅蜜の思想は、何らかのかたちで他の大乗経典に継承され、直接または間接に般若波羅蜜に関する教義を展開している。たとえば、神咒・真言を説く後期密教の経典である『理趣経』、『大日経』、『金剛頂経』などの経典の中心理念形成にも影響を及ぼしている。
ことに『理趣経』は、『大般若経』第58巻「般若理趣分」を先駆的経典として成立したといわれており、両者の思想的関連性が明白である。これは、『般若経』に般若波羅蜜が最高の神咒・真言であると説かれていることや、その他の神呪の功徳が前記「般若理趣分」に多く説かれていることと関連している。
この般若思想はサンスクリット原典が中国語に訳出されるとともに、中国仏教思想形成にも多大なる影響をもたらした。後漢末に『道行般若経』が最初の漢訳『般若経』として訳出され、東晋以後、本格的に般若思想が論議されるようになった。特に道家の無の思想による空思想理解という、玄学の格義仏教が成立した。その後、僧肇(374-414)の非有非無の空観、吉蔵(549-623)の「絶観の般若」説などとなって展開され、 またその後、禅宗の実践に展開されていった。(坂部明)